ヤバイ画像、哀愁感のある画像(アメリカのミーム)
昨日に引き続き、KnowYourMemeのページから、異世界感に関係する項目を訳してみます。今回は2つ。「ヤバイ画像」と「哀愁感のある画像/境界空間」です。後者はAesthetics Wikiの項目もすでに訳しています。
というわけで、さっそく訳出してみたいと思います。
ヤバイ画像(Cursed Image)
概要
「ヤバイ画像」は、「ヤバイ画像」と題された画像のことである。「ヤバイ画像」とは一般に、画質が悪かったり、異常で整合性のない内容があったりするせいで、不安な気持ちを生じさせる画像や写真である。この手の画像は、ときにクリーピーパスタのビジュアル版とも見なされる。いろいろなヤバイ画像を投稿する有名なSNSアカウントもいくつか生み出された。ヤバイ画像の対義語は「しあわせになる画像」(blessed)で、さらに両者をあわせもった画像は「祝呪」blursedと呼ばれる。
発端
ヤバイ画像という発想は、そもそもTumblrで始まったもので、最初にこれに特化したアカウントはCursedImagesである。最初の投稿は2018年10月25日にあった。その画像は1,200のリアクションを集めた[現在は1,352]。
拡散
Tumblrには他にもいくつかヤバイ画像専門のアカウントがある。Tumblr外部にも広がったのは、Twitterで同じようなたぐいの画像を投稿するアカウントが2016年7月にできてからである。そのアカウント@cursedimagesは7月29日にツイートをはじめ、4ヵ月で投稿をやめたが、それまでに10万のフォロワーを集めた[現在は151,231]。このTwitterアカウントがバズったため、『ニューヨークマガジン』や『ニューヨーカー』、『ギズモード』といったメディアも注目することになった。
друг(キリル文字でDRUG)
другは、ビデオゲームシリーズ『Fallout』のDeathclawのヤバイ画像のなかに現れる未確認動物のあだ名である。この生き物はロシア語の「友人」にちなんで名づけられたもので、発音は「ドルグ」か「ドルク」となる。
TikTokのヤバイ画像
2020年4月、TikTokerたちが、@.hackyの「ヤバめのリズム泥棒」という音源を使って、ヤバイ画像を含む自分や友人たちの編集動画を公開しはじめた。4月12日、チャーリー・ダミリオ[フォロワー数世界一のTikToker]がそうした動画を投稿して、9日のうちに400万を超える「いいね」を獲得した[現在は約550万]。15日には、アディソン・レイが動画をアップロードし、6日のうちに370万の「いいね」を獲得した[現在は約490万]。2日後、ジェイムズ・チャールズが投稿した動画は4日で320万の「いいね」を獲得した[現在は約510万]。
次は異世界感のある画像の項目。
哀愁感のある画像/境界空間(Images with Elegiac Auras / Liminal Spaces)
概要
「哀愁感のある画像」あるいは「境界空間」は、「アネモイア」感(Urban Dictionaryの定義では「いたことのない時代へのノスタルジア」)を生じさせる画像がかもしだす視覚現象である。この現象は他にも「ノスタルジアコア」とか「なぜか知ってる感じのする場所」とか「夢のなかで行った場所」などとも呼ばれる。ヤバイ画像のサブジャンルとされることも多い。
発端
2018年4月21日、4chanの名無しが以下の画像をx板に投稿した。これは「裏の部屋」ミームを生み出すことになる。
拡散
2019年3月15日、Twitterユーザーの@zerstoererがロンドンのヒースロー空港近くにあるホテル「ホリデイインエクスプレス」の内側の写真をツイートしたが、そのとき「アメリカに行く途中なんですが、久しく見ていなかった感じの、きわめつけの悪夢で魘されるような建物のなかで一晩過ごすことになりました」とも書いた。このツイートは1年間で1万2千の「いいね」と3千のリツイートを獲得した。
i'm on the way to america and i spent the night inside the most nightmarish and oppressive bit of architecture i've seen in a long while pic.twitter.com/IRlZh49h3R
— dom (@zerstoerer) 2019年3月15日
2020年4月ごろ、「奇妙にも知っている感じ」と「現実の境目」というSubredditが立てられた。
2020年4月6日、Tumblrブログのphoebelilaが、この現象をかきたてる画像の詰め合わせを投稿した。この投稿は4ヵ月で9千のノートを集めた[現在は10,981]。
2020年4月13日、Tumblrブログのrottingdaydreamsが、同様の詰め合わせを投稿した。この投稿は4ヵ月で1万4千に近いノートを集めた[現在は17,175]。
2020年4月15日、YouTubeユーザーのfloatが「なぜか知っている感じのする場所を、落ち着けない音楽で」という動画をアップロードした。この動画は4ヵ月で90万回近く再生され、5万2千の「いいね」を獲得した[現在は173万3千698回、いいねは約9万3千]。
2020年4月25日、Tumblrブログのsoftiespokenが、アネモイア感のある環境のいくつかの事例を書いたテキストを投稿した。その投稿は4ヵ月で1万2千のノートを集めた。
2020年6月ごろ、Twitterアカウント@elegiac_imagesが現れ、この効果を生じさせる画像を投稿しはじめた。このアカウントは2ヵ月で12万のフォロワーを獲得した。
TikTokでは、#liminalspaceのタグがついた動画があわせて450万回以上閲覧されている[現在では約720万回]。
境界空間/放課後・終業後(美学)
昨日の「裏の部屋」に続きまして、より一般的にそういった感覚を指す「境界空間」と「放課後・終業後」というページをAesthetics Wikiというところから翻訳してみます。
Aesthetics Wiki(日本語表記は「美学リスト」)は最近作られたWikiのようで、正直よく分からないところもあるのですが、ヴェイパーウェイヴを中心とした美学的カテゴリーが集積されているみたいです。ここでいう「美学」は、英語の俗語辞典Urban Dictionaryを見ますと、定義の7つめにあるこれが近い。
一般的に、死ぬほど「90年代か80年代に生まれ」たかったらしい現代の若者たちがやたらに使う言葉。彼らには何の芸術的才能もないが、自分らのTumblrブログに「美学的」画像を投稿して、それを装おうとする。こうした若者たちは、普段リル・ピープなどSoundCloud出身のラッパーたちの音楽などを好んで聴く。「美学」はTumblrやインスタグラムに流れているケバケバしくてグランジ的でVHS画質の、トリップしたような画像を指すのに使われているが、ファッションスタイルに使われることもある。
まぁなんか小馬鹿にしたような「定義」ですが、アメリカでいう「Z世代」(1996~2012年生まれ)のあいだで流行している、「懐かしの」ノスタルジックな素材をいろいろ加工変形したものを中心としたジャンルということになるでしょうか。日本の文脈で言えば、たとえばかつての2ちゃんねるや阿部寛のホームページ、もう少しさかのぼってバブル時代の雰囲気などが「美学的」なのでしょう。かなり大雑把に「昭和風」といわれるやつです。もちろん、過去30年にわたって低成長だった日本とそうではないアメリカを単純に比べることはできませんが。
また、これはたまたま見つけたのですが、ニューヨークタイムズの今年3月の記事Escape Into Cottagecore, Calming Ethos for Our Febrile Momentでも後半でAesthetics Wikiにリンクが貼られています。このWikiは「なんとかcore」という項目が多く(goblincore, weirdcore, nostalgiacoreなど)、そのなかにcottagecoreというのもあるのですが、この記事の説明によると、そういったものは「いま生きている世界の外側にある世界で暮らしたいという欲望」という点で共通しているそうです。まさしく異世界です。
いずれにしてもそうした美的感性をあつめたWikiなのですが、「日本」のカテゴリーもあります。というかヴェイパーウェイヴもそうなのですが、少し古めの日本語というのが一つのガジェットになっていて、このWikiもバナーや背景画像に日本語が画像として使用されています。さて「日本」のカテゴリーですが美学なので「わびさび」「浮世絵」や「カワイイ」があるのは当然として、「ゆめかわいい」「白塗り」「グロかわ」「森系」「ギャル」「暴走族」「ヤクザ」「竹の子族」「カラス族」果ては「ネコ(Neko)」まで網羅(?)されており、英語圏での日本文化の受容という点で大変興味深いものがあります。そのうち「洒落怖」の項目が立っても驚かないぞ。
そんな感じでいろんな現代アメリカ文化のジャンルが集まっているなかに、昨日の「裏の部屋」から受ける印象が入るのもあります。それが「境界空間」(liminal space)という美学と、あと「裏の部屋」系でしかし外にも誰もいない系のやつに合った「放課後・終業後」(after hours)の美学の2つの項目を訳出してみました。
境界空間(Liminal Space)
「境界空間」は、遺棄された過渡的空間のなかにいる感じを表す美学ジャンルである。たとえば午前4時の空港、夏休みの学校の廊下などである。「境界空間」は時間が止まった、どこか不安な感じを与える。
概念
語源にあるように(liminalはラテン語で「敷居」を表すlimenに由来する)、「境界空間」という概念は古くから、機能上、ある場所から別の場所へと移っていくための物理空間を包括している――廊下、待合室、駐車場、休憩所などがその手の場所の典型例だ。「境界空間」の美学は、そうした空間が本来の用途――とりわけ、出発地と目的地の中間点としての機能――とは異なっているときに受ける気味悪さやノスタルジア、不安感といったものの独特で組み合わさった感じに関わるものである。たとえば誰もいない階段の吹き抜けや深夜の病院の通路などは、不吉だったり不気味だったりする。というのも、そうした場所は、いつもなら活気にあふれた往来だからである。そのため、外界からの刺激(会話だとか、歩き回る人々だとか、そういった動き全般)が欠けていることは、別世界のような寂寞とした雰囲気をもたらすことになる。
こういう定義の仕方は、一般的で学問的な「境界性」(liminality)とほとんど同じなのだが、言っておかなければならないのは、「境界空間」の美学は近年、単にノスタルジアを感じられるとか、夢のなかのような感じ、あるいは/それに加えて不気味な感じのする画像も含むくらいに広がってきているということである。もうほとんど、概念の拡散に共通する特徴が、目立って人がいないという点だけというところまで来ているのだ。このような多様性は「境界空間」の定義を相当に薄めてしまうことになるが、物理的な境界性のミーム的状態の説明にもなっている。その謎めいた魅惑が、だいたいミレニアル世代[米国の1981-1995年生まれ]やZ世代[同じく1996-2012年生まれ]の文化的記憶を呼び起こすことにより、子ども時代の思い出やそれが好きな人々と結びつくことになるからだ。この点で「境界空間」とトラウマコア、憑在論(hauntology)のような美学との強いつながりが分かってくるようになる。
ビジュアル
「境界空間」の美学は、広々として空虚で、それでも気味が悪くて落ちつけない波動(ここが「境界空間」美学と一般的な空室/通路/廊下の写真を分けるところ)を伝える、あらゆる部屋や通路、廊下で成り立っている。こうした印象効果は、写真加工や簡単な照明の仕掛け、あるいはちょうどよい時間帯のムードを捉えることで得られる(なかでもヴェイパーウェイヴやアシッドウェイヴ、グリッチはこの効果を強められる)。
「境界空間」の加工の一部は、レトロ・ホラーやRPGのビデオゲーム(YouTuber兼インスタグラマーのYOURLOCALBREADMANによって知られるようになった感じの)のなかにいる効果を与えられる。それらの動画加工の方式でおこなわれるデザイン上の選択もあって、居心地が悪かったり、シュールだったり、ほかならぬラヴクラフト的なところへと足を踏み入れる感じが得られるわけである。
放課後・終業後(After Hours)
「放課後・終業後」は、普段は人どおりの多いところに誰もいないときの印象や感覚から生じる美学である。
この美学が好きな一部の人々は、友達が多くなかったり、ぼっちでいるのが好きだったりする。そうした人々は音のない静かな環境を愛する。誰からも離れて、すべてのものがその人たちの慰めとなる。
音楽
かなりの部分がアンビエントに重点を置いている美学なので、アンビエント関連の音楽ジャンルを、「放課後・終業後」と相補的なものと見なしうる。
こんな感じです。リンクや画像集は省略しています。こうした美学と、日本の洒落怖系異世界の描写との比較なんかも楽しいと思います。
裏の部屋(ミーム)
(2022年2月7日追記)
YouTubeやツイッターなどでバックルームの動画がバズっていて、ここへのアクセスも増えています。2020年末にこの記事を書いたあと、さらに調べたことに基づいて、『早稲田文学』2021年秋号の「ホラーのリアリティ」特集に「ノスタルジック・ホラー バックルームとコアの世界」という文章を寄稿していますので、より詳しい研究が知りたい方はそちらを書店や図書館などでご覧ください。
なお、この論文で引用したバックルームの描写のうち「地獄が聞き耳を立てているに違いない」(it sure as hell heard you)は誤訳です。より正確には「そいつがあなたの音を聞きつけてしまったに違いない」という感じでしょうか。
↓Amazonへのリンク
https://www.amazon.co.jp/dp/4480993266
(追記ここまで)
最近、「きさらぎ駅」や「ゲラゲラ医者」、「時空のおっさん」など2ちゃんねる発の異世界体験談が気になりはじめて、いろいろ似たようなものを探していたところ、TikTokなどでThe Backroomsというネタが最近よく英語圏に現れているのを知り、適切なまとめサイトがあったので、勉強がてら、それを日本語訳してみました。
以下、翻訳。
裏の部屋
概要
「裏の部屋」はクリーピーパスタの一つ。4chanのx板の「落ち着けない部屋」に投稿された画像についたレスがもとになっている。
発端
2018年4月21日、4chanの名無しがx板の「ヤバイ画像」スレに画像を投稿した。
2019年5月12日、4chanの名無しがx板にスレを立てて、なにか「ずれた」(off)感じの「不安になるイメージ」の画像を投稿するよう呼びかけた。この名無しは、斜めから撮ったような黄色い部屋の画像を載せた。それに対してある名無しが次のような説明書きをつけた。
ぼーっとしたまま、透過モードになって間違ったところで現実から出てしまうと、裏の部屋にたどりつく。裏の部屋は、じめじめとした絨毯のにおいがして、狂うくらいにすべてが黄色で、きわめてうるさい蛍光灯のノイズ音がずっと聞こえつづけるところで、適当に仕切られた何もない部屋ばかりが、だいたい15億平方キロメートルくらい連なっている。もし身の回りで何かがうろついている音が聞こえたら、神様、お守りください。そいつがあなたの存在を聞きつけてしまったに違いないのだから。
拡散
5月14日、画像と説明を一緒にした別のスレがx板に立った。その2日後、Redditのgreentextコミュにて「クリーピーパスタ史上最悪」というキャプションとともに投稿があり、3万2千点を稼いだ。
5月18日、Redditユーザーのyourdndguyがクリーピーパスタコミュに触発されたクリーピーパスタを投稿して、200点以上を稼いだ。別のクリーピーパスタもクリーピーパスタWikiに投稿された。5月19日、Twitterユーザーの@GearboxGunmanが「終わりのない」裏の部屋を歩き回るというCG動画を投稿して、950RTと4400favを稼いだ。
Twitterのほかのユーザーも、この場所をネタに創作を始めた。@DST_000は裏の部屋のいいところを投稿し、@LucasLayton4は裏の部屋で「ここでキスしたらどう?」ネタを投稿した。