現在(2022年度後期)、某大学で「社会学」と称して「異界と異世界の社会科学」という授業をやっています。そろそろレポートの季節になってきたので、学生のために、授業の参考にした資料を列挙したページをLMS内に作りました。
もしかすると異界や異世界について参考になるかもしれないので、ブログのほうでも公開します。
なお、「異界」や「異世界」は幅広く取り、死後の世界や神々の世界のみならず、四次元やほかの天体、廃墟、心霊スポットなども含めています。
続きを読む拙著『妖怪の誕生 超自然と怪奇的自然の存在論的歴史人類学』が、2022年5月27日、青弓社より出版されます。筑波大学に提出した博士論文をもとにしているのですが、本文を6割弱まで圧縮したうえで、新たに「くねくね」の節を追加して、さらに議論の流れを多少変えています。
とりあえず、リアル書店なりAmazonなりで買ってください。
本書は、「妖怪の誕生」というタイトルだけ見ると、天狗やカッパといった個別の妖怪伝承がどのように生まれたのかを論じるもののように見えますが、そういう内容ではありません。そういう意味での「誕生」についてならば、すでに多くの文献が論じています。かといって本書は、「妖怪」一般がどうやって生まれたのかを検討するものでもありません。たとえば原初のアニミズムが……自然崇拝が……恐怖の感情が……みたいなことは、ほとんど論じていません(怪奇的自然の章が、それに近いことをしていますが)。
むしろ本書が取り扱うのは、現代の学術的な妖怪研究において前提とされている「妖怪」という概念がどのように生まれてきたのか、という問いです。そのため、序章の最初のほうでも書いていますが、本書は「妖怪研究が妖怪に対しておこなっている変換作業がどのようなものであり、またそれがどのように可能になっているのかを明らかにしたうえで、それが生じさせる存在論的前提の齟齬を和らげる記述」を試みるものとなっています(p. 14)。この文章の「~うえで」のところまでが第1部「超自然と妖怪の近代」で取り扱われており、「それが~」以降が第2部「妖怪の非近代的概念化」で取り扱われています。
どのような問題意識なのかいまいち分からないという方は、2014年の拙論「妖怪の、一つではない複数の存在論」を、まずは読んでみてください。この論文と比べると、本書の議論の仕方や資料の選択はかなり違っていますが、基本的なスタンスは変えていません。
また、最初のリンクからいける青弓社のウェブサイトに「試し読み」のページがあって、問題意識が書かれた冒頭3ページ分は読むことができます。
とはいえ、妖怪概念の形成についての問いは、妖怪それ自体の形成についての問いと不可分でもあります。というのも、そもそも現代の私たちが「妖怪」と言うとき、なにを前提としているのか、その前提にもとづいて「妖怪」と言うとき、結果として何を指し示しているのか、ということが明確にならなければ——つまり、自分たちが何をしているのかを理解できていなければ——、妖怪それ自体についての問いを確立できないからです。
このような内容であるため、今後、これまでの妖怪概念を使って学術的な議論をするとき、本書を無視することはできなくなる……はずです。
サブタイトルにもありますが、「妖怪」以外の本アピールポイントは、社会科学・人文学(キリスト教関係を除く)における「超自然」の用法や近現代の歴史について、日本でもっとも詳しく書かれているところです。21世紀に限ると、英語圏でもこれだけ細かく超自然の概念を分析しているものは見当たらないでしょう。そういうわけで、宗教学などの宗教研究にとっても、本書は使い道のある内容になっています。
その他、文学理論などで使われるようになってきた「怪奇」(weird)概念についても多少論じています。というか、超自然のかわりに怪奇的自然の概念を使って妖怪を語ろう、というのが、本書の結論の一つになっています。
さて「妖怪」に戻りますと、本書は、どのように現代の妖怪概念が形成されてきたのか、どのように妖怪が取り扱われてきたのかを論じる内容なので、妖怪を取り巻く人々が多く登場します。
言うまでもなく、柳田國男や小松和彦など、妖怪研究で有名な研究者は大きく取り上げられますが、それ以外にも、さまざまな文脈で、アウグスティヌス、ルートヴィヒ・ラファター、トマス・ホッブズ、マーガレット・キャヴェンディシュ、ジョゼフ・アディソン、新井白石、本居宣長、平田篤胤、シーボルト父子、福沢諭吉、北村透谷、ウィリアム・グリフィス、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、泉鏡花、夏目漱石、芥川龍之介、平井金三、浅野和三郎、粕川章子、岡田建文、藤澤衛彦、寺田寅彦、江戸川乱歩、水木しげる、佐藤有文などの人々が、一行だけだったり、数ページにわたったりと様々ですが、登場します。
また、学問領域としては、日本民俗学はもちろんのこと、19世紀国学、蘭学、初期の近代医学、口承文芸研究などがどのように妖怪を論じてきたのかも検討されます。
このように、基本的に本書は「妖怪研究」研究ではあるのですが、妖怪研究が論じてきた妖怪についてもあらためて検討する必要があるため、くねくね、カマイタチ、カッパ、オキナ、フェニックス、オランウータン、バタバタなどについても比較的細かく紹介しています。
なんで妖怪の本にフェニックスやオランウータンが? と思われた方は、蘭学を取り扱った第4章を紐解いてみてください。
これも最初のほうで明記しているのですが、妖怪のなかでも「実在を疑う行為が意味をなすもの」以外は、基本的に載せていません。つまり、「それって本当にあった話?」「本当にいるの?」といった疑問に対して複数の答え(YES/NO/保留)がありうるものに限っています。
そのため、創作表現における妖怪は取り扱っていません。僕たちが知っている妖怪の多くは、実はそうした妖怪だったりするので、その点は注意してください。鬼太郎やジバニャンのようなキャラクターだけではなく、描かれただけ、造形されただけの妖怪も取り扱っていません。
アマビエは出てきません。
固有名詞や概念が多く出てくる本書のような文献は、索引がなければ価値も使い勝手も激減してしまいます。最初は100~150項目ぐらい選んでくれと言われたのですが、さすがに少なすぎると思い、300項目に増やしてもらいました*1。また、いくつかの頻出語彙については、単にその語があるページ番号を拾うのではなく、定義部分だけ拾うようにしました。たとえば「妖怪事象」(本書の専用語彙)や「自然」「科学」「文化」「知識」などです。そのため、冒頭から読むのではなく拾い読みだけして、言葉の使い方に違和感を覚えた場合でも、索引を見ればなんとかなるようにしているつもりです。
また、出版社の編集方針として、注で既出の文献をふたたび参照するときは「前掲」を使うというものがあるようなのですが、本書は650近くの文献を参照しており、そもそも「前掲」だけだと前に掲載された部分を探すのが死ぬほど面倒なので、著者名と文献名をつねに記載してもらうようにしました*2。「参考文献一覧」とあわせれば、すぐに書誌情報を特定できるようにしてあります。
また、Chicago Manual of Style最新版の指針に従い、「最終アクセス日時」をオンライン・リソースの注に不必要に挿入するのもやめてもらうことにしました。これにより、URLの記載された部分はすっきりした見た目になりました。
何はともあれ、後は野となれ山となれ、です。僕自身の関心は、今はもうネット怪談およびアニミズム・アナロジズム、そしてホラー漫画雑誌の研究に向かっています。「あとがき」の末尾に書いたように、若い世代が本書をこれからの研究の足場として使ってくれるならば、それで満足です。
最後に。買ってください。
日本の文化人類学関係者しか興味ないと思いますが、『妖怪の誕生』のもとになった博士論文の主査である内山田康・筑波大学教授(当時)が、主査として審査した博士論文が書籍化されたものは、おそらく以下のとおり。まだ書籍化されていない博論も数本あります。
修士論文までは指導していた学生の博論本は以下のとおり。