アメリカ民俗学の「直示」という概念

アメリ民俗学は、「都市伝説」がそうなのですが、日本民俗学でいう「世間話」にあたる説話も「伝説」(legend)に入れています。そうした伝説は、どのようにして人から人へと伝えられるのか? 基本的には口頭であったり文章であったり、言葉を使うものが多いとおもうのですが、80年代初頭から、物理的に伝えるという形式もあるのではないかという議論がされてきています。それが「直示」です。直示というと言語学でdeixisの訳語でもあるのでややこしいですが、ここではostensionのことです。記号論的には、難しい説明がウンベルト・エーコ記号論Ⅱ』にあるので興味があれば参照してください。

伝説の直示――特に直示的行為というのは、提唱者のデーグ&ヴァージョニーがハロウィンでのいろいろな活動を例に説明していたり、ほかの研究者が肝試し(legend tripという概念があり、これは日本語でいう「肝試し」に相当する)で論じたりしてます。たとえば肝試しは、どこそこの心霊スポットに幽霊が現れるという話を、身をもって体験する、というか身をもって現実化する行為なので、直示的行為になります。近年特に話題になったのは、スレンダーマンを真に受けた若者が起こした刺傷事件です。

ですが日本語で分かりやすくいうと、「やってみた」が一番近いようです。異世界エレベータをYoutuberが実験してみた、とかいうやつですね[cf. 永島 2019近刊]。 

こういうのは日本語の「伝説」のイメージで考えると分かりづらいでしょう。たとえば弘法大師の伝説を真似して杖で荒れ地を突いて何か起こると思う人はいないでしょうが、心霊スポットに行ったら何か出ると思う人は少なからずいるでしょう。「今ここ」で起きうるものとしての「世間話」のほうでイメージしてもらうと分かりやすくなると思います。

ブルンヴァンのEncyclopedia of Urban Legends, 2nd edに、比較的まとまった項目があったので、それを以下に訳出します。

 

直示(と直示的行為)

Ostension (or Ostensive Action)

 記号論のほうから借用された言葉で、リンダ・デーグとアンドリュー・ヴァージョニーは、「直示」、なかでも「直示的行為」を、伝説を伝えるための[言葉とは]別の手段と見なせることを論じた。記号論記号学)とは、ヒトのコミュニケーションにおける記号や記号体系についての学問である。記号論でいう「直示」とは、何か(たとえばキリスト教)を表象するために、それとは別の慣習的記号(この場合、十字架など)を用いるのではなく、「モノや状況、出来事そのもの」でそのまま提示することを指す。単純なコミュニケーションとしての直示的行為の一例として挙げられるのは、近くの友人にタバコの箱を買いに行かせるために、1本のタバコを手に持つという行為である。

都市伝説研究に持ち込まれた直示の概念は、人々が伝説の内容を、単に話として物語るのではなく、実際に行為にしてみせる状況を捉えるものである。デーグとヴァージョニーが言うように、この手の伝説の伝え方は、「表象(representation)に対置される提示(presentation, 何らかの意味作用を用いるのではなく、現実そのものを見せる)」を利用している。そのため、ある人が仲間を引き連れて、いわゆる心霊スポットにおもむき、霊を呼び起こそうとすることもできるし、その反対に、そのスポットの話をするだけというのもできるだろう。

ハロウィンでは、伝説を伝えることになる、多くの直示的行為を見ることができる。たとえばトリック・オア・トリートや扮装、旬の装飾、お化け屋敷の設営などは、いずれもが多かれ少なかれ伝説に基づいているが、こうしたハロウィンでの活動によって、人々は、そうした伝説のどこか一部を演じる[行為する]ことに、直接巻き込まれていく。汚染されたお菓子にまつわる噂の根拠は薄弱だが、ハロウィンに乗じた嗜虐者についての誇張された話そのものが、便乗して犯罪をおかす少数の人々によって、部分的には現実のものとなっていった。デーグとヴァージョニーは、「事実は物語になりうるが、物語もまた事実になりうるのだ」ということを示している。

ビル・エリスが言っていることだが、本物の直示的行為がうまく表れているのは、ある人々が、耳にした話をもとに悪魔崇拝教団を形成し、儀式を行ない、さらにはキャトル・ミューティレーションや供犠、殺人など犯罪に手を染めるという、実際の事件かもしれない。それとは反対に「疑似直示」(pseudo-ostension)は、肝試しの場で、若者たちが他の若者を脅かすために死神の扮装をするようなとき、使うことのできる用語である。「準直示」(quasi-ostension)というバリエーションもあり、これは目撃者が不可解な情報(たとえばキャトル・ミューティレーション)を自然な原因(野生の捕食動物など)ではなく、噂や伝説で語られるようなカルトの活動や宇宙人の仕業として解釈するような状況を指す。避けがたいことに、「仮想直示」(virtual ostension)というものさえある。これは、インターネットでリンクをたどるなどして心霊スポットを探し、「訪れる」というものである。