超自然概念をめぐる論争③

下の2つの記事の続き(最終回)。

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日本のコンテクストでの超自然概念批判

 前回と前々回では、おもに文化人類学(宗教人類学)において、超自然概念がどのような意味で用いられ、どのような観点から普遍的な適用が批判されたのかをながめてきた。一見すると単純で自明であるが、分析していくと一筋縄ではいかない概念だということがよく分かったと思う。
 さて、この超自然概念、意外と日本近世までの研究文献では使われていないのだが、それでも総合的な概念化・理論化が行なわれるときは、それなりに登場すると考えてもよいであろう。前々回に紹介したように、小松和彦の妖怪学がよい例である。それでは、前回に紹介したような批判は、どれだけ日本のコンテクストでも有効なのだろうか。
 まず、妖怪研究のなかでデュルケームを踏まえた概念批判としては、マイケル・ディラン・フォスター『日本妖怪考』(2009)の序論が挙げられる。フォスターは以下のように、事例に即して超自然概念を問題視する。 

超自然というときには、自然の法則というものがなければならず、それと比較することで超自然の超越的な特性を判断できる、という前提がある。[……]本書の読者の大半にとっては、たとえば、キツネのような動物が経験科学的に取り扱える生き物として扱われること――博物学者によって図表化され、生物学者によって記載され、百科事典に掲載されることは「自然」に見えるだろう。しかし百科事典の項目に、キツネの生態や食性と並んで人間を化かす習性が記載されていたらどうだろうか。ある特徴を自然とみなし、別の特徴を超自然とみなすことはできるのだろうか。*1

 フォスターがここで具体的に想定しているのは、近世の百科事典『和漢三才図会』(1712)における「狐」の項目である*2。同書は明治にいたるまで再版され、また鳥山石燕の画集『画図百鬼夜行』の引用元になるなど、幅広く読み継がれていたことで知られている。フォスターは、少なくとも江戸時代までは、「この区分はそれほど明確なものではなかった」*3ことを指摘する。とはいえ「標準的なものとそうでないもの」という区分はあっただろうと言うことで、同書では結局、(ややルーズに)「超自然」という表現が多用されている。
 妖怪概念そのものへの批判ではないにせよ、個々の事例に関しては、香川雅信も似たようなことを論じている。香川によると、18世紀前半の本草書は、中世までは神霊の徴候であった怪異を意味から引きはがし、モノそのものとして取り扱うようになった「エピステーメー」を例証しているという*4貝原益軒の『大和本草』(1709成立、1715刊行)巻之十六におけるカッパの記述にそのことがよく現れている。曰く、 

河童(かはたらう) 処々大河にあり。又池中にあり。五六歳の小児の如く、村民奴僕の独行する者、往々辺において之と逢、則精神昏冒すと云。[……]此物人家ニ往々妖を為し、種々怪異をなして人を悩し事あり。狐妖に似て其妖災猶甚し。本艸綱目蟲部[……]に水虎あり。此と相似て同じからず。但同類別種なるべし。*5

 また、直後の項目には以下のようにある。

 罔両(くはしや)[……死体を喰う魍魎という中国の動物について説明……]是倭俗の所謂くはしやなり。関東にて人を葬る時、亡者をとる事あり。[……]是魑魅の類なり。日本にて天狗と云たぐひなるべし。中夏に天狗と云は鬼魅に非ず。天上天狗星あり。*6

 この二つの項目において益軒は、カッパと天狗、そしてカシャという、いずれも近世の随筆から戦後の民俗誌にいたるまで確認することのできる名高い「妖怪」を、あくまで自然的な動物の一種として配列している。そして積極的に中国の動物と比定したり類似種として位置づけたりする。さらに「河童」の項目では、この動物が「怪異」をなし、妖力を持つことについて、実に淡々と言葉を並べている。香川の言葉を用いるならば、この「妖怪」は自然化されているのである。 

日本における自然概念

 とはいえ、フォスターおよび香川の議論は不十分である。前々回にまず西洋的自然概念を整理したように、前近代の諸社会において、超自然概念がどれだけ有効かを問うには、「自然的なもの」の概念に相当するものが存在するのか、という問いから始めなければならないのである。しかし超自然概念に肯定的な小松にせよ批判的なフォスターにせよ、この問いについては必ずしも厳密には論じていなかった。小松の場合、その理由は自然概念についても普遍主義的な考え方を持っていたからであろう。この点は、彼がルース・ベネディクトとほぼ同じ論理で「歴史的にみれば、時代をさかのぼればさかのぼるほど、科学的・合理的思考が未発達であったがために、さまざまな奇妙な不思議な現象を「妖怪現象」とみなす機会は多かった」*7と述べていることから推測できる。
 しかし科学的・合理的思考によって知ることのできる客体化された自然秩序――という考え方は、それ自体が17・18世紀のヨーロッパ発であり、前近代日本の超自然的/自然的という区分に適用することはできない。むしろ日本においては、西洋的自然概念とつながる「自然的なもの」の概念はかなり複雑な道をたどっている。
 念のため付記しておくと、ここでは、典型的な日本人論に見られる「自然を征服する西洋/自然と共生する東洋」*8については取り上げない。それらのナショナリズムイデオロギーは散々に指摘されていることであり*9、また存在論的にはどちらの「自然」も西洋的自然――特に自然界を指しているからである。

 さて、まず(「自然的」ではなく)「自然」概念のほうから見てみよう。この概念を指す言葉「自然」は言うまでもなく漢籍由来だが、前近代から日本語に入り込んでいたことが知られている。加えて現代では、欧米語の翻訳語としても、日常的な言葉として用いられている。さらに「自然」という言葉は前近代の宇宙論や「自然観」などを説明する現代語の文章でも多用されている。これらを踏まえると、現代の日本語環境では、それ自体で複数の意味を有する西洋的自然と、前近代日本で「自然」と呼ばれていたものと、現代語で「自然」と呼ばれる前近代の言葉や概念が、まとめて「自然」という言葉に含み込まれていることになる。そのため、「自然」に言及するには、こうした複雑さを解きほぐしてからではないと、いたずらに混乱を招くことになる。
 そのためここからは、単に自然・自然的というときは一貫して西洋概念のことを指し、前近代日本の単語「自然」が指す概念は「日本的自然」と呼ぶことにする。また、西洋的自然に(少なくとも部分的に)相当する概念については、可能な限り、「天地」や「世の中」「森羅万象」など、原典の日本語や漢語に用いられる言葉でもって表現する。この場合、「自然」という語を用いることもあるが、そのときは西洋の概念を「西洋的自然」と呼称することで混同を避ける。

 超自然概念との関係において自然概念を論じるとき、念頭に置いておかなければならないのは、人類学においても、その他の近代学問においても、「自然」は一般的に(「超自然的なもの」ではなく)「文化」と対立する概念だということである*10。ここで言う「自然と文化」は、前者が人為の加わらない非歴史的・普遍的・自存的な物質的基体であり、そのうえに、人間集団ごとに後者が構築される――という関係性から構成されている概念的な対である近年では、こうした存在論的前提は単一自然主義多文化主義の対として表現されることが多い*11。この意味での「自然」が非西洋近代的社会の多くに存在しないことは、上述のハロウェルを含め、すでに無数の議論によって明らかにされている*12
 日本においても、西洋近代的な自然/文化の区分が当てはまらないことについては多くの指摘がある*13。「しぜん」と読む現代日本語の「自然」は、英仏語nature(18世紀末~19世紀半ばまではオランダ語Natuur)の訳語として使われ始めたものであった。しかも訳語としての「自然」は、18世紀末に現れながらも明治中期にいたるまで定着しなかったのである。たとえば『和訳英辞書』(1869)では、natureは「天地万物。宇宙。本体。造物者。性質。天地自然ノ道理。品種」とされ、名詞としての「自然」は訳語に現れていない*14
 西洋的自然に対応する訳語として「自然」が定着するのに100年以上もかかった事実は、この概念が日本語にとって新しいものだったことを示唆している。ファビオ・ランベッリが指摘するように、「前近代の日本語では、私たちが自然[……]と呼ぶものについての一般的な語はなかった。「気界」、「天地」、「万物」などの語がもっとも近いものだっただろう」*15。ここでランベッリが「自然」と言っているものは、ここで言う「自然界」の概念のことである。あらゆる事物の総体ということになるが、しかし彼が提案する言葉には、普遍的秩序の概念も、人間の文化が排除される意味合いもない。

 日本における「自然的」概念

 こうした議論や事実を踏まえたうえで超自然概念に戻ってみよう。小松の妖怪概念を例にとってみると、その図式において、超自然的領域に対立する自然的領域には人間も入っている。また文化的産物たる道具もその一部になっている。超自然概念は自然のみならず、人間社会や文化にも対立するとされているのである。この時点で、ここで問題とするものが一般的な自然/文化の対立とは位相が異なることが分かる。加えて、文化/自然における自然は、神霊や宗教的対象など、いわゆる超自然的存在を含み込むことが多い*16。それに対して宗教的対象は、超自然的/自然的の対立において、超自然側にある。
 つまり、自然的なものと自然は、それぞれ超自然的なものと文化と対立するが、その対立の仕方は異なっており、同じ平面にはないのである。そのため、たとえば単純に二つの対を組み合わせて三項対立に再構成し、自然/文化に関する議論を再利用するようなことはできない。ある意味で、文化/自然は人間中心的な区分だが、自然的/超自然的は宇宙中心的な区分として使い分けることもできるだろう。そして筆者が関心を持つのは後者のほうである。そのため、「超自然的」の前に、日本における「自然的」の対応概念について検討しなければならない。
 西洋的自然の訳語としての「自然」は定着するのに長い時間がかかった。その一方で、「自然的」(natural)のほうは、19世紀初めからかなり一貫して(副詞、形容動詞などとしての)「自然」と訳されてきたことが知られている*17。上述したように、西洋の「自然的」は、超越的な自然法則に従う状態(③B)と、内在的な自発性による状態(③A)の二つに区分できる。この区分から見ると、前近代日本の「自然」(「じねん」と読むことが多かった)は、訓読みするならば「おのずからしかり」――森田敦郎とキャスパー・イェンセンの表現を借りるなら「自発的生成(spontaneous becoming)」であり*18、③Aに近い。
 前近代において「自然」を重要概念として用いた思想家はそれほど多くないが、そのうちの一人である山鹿素行(1622–1685)はこれを「已むことを得ざるの自然なり」と表現した。これは「おさえようとしても、おさえきれずに発動することである」と相良享は説明する*19。さらにこの運動としての「自然」状態は、素行にとっては「天地」――「自然界」に近いが人間も含む概念――が絶えず生成変転することでもあった*20。また、前近代日本の「自然」は、とくに荻生徂徠(1666–1728)以降、安藤昌益や本居宣長の思想において、人間や神々による「作為」に対立するようにもなった*21
 この日本的自然を西洋の「自然的」と類比的に対応させることが許されるならば、まず対立する概念は「作為」である。この概念は、人間の手を加えるということだから「文化的」に近いようにも見える。しかし柳父章が論じるように、「文化的」なものが西洋的自然と(存在論的に)共存しているのに対して、「作為」は日本的自然と相互排他的である*22。西洋的自然の上に構築されるのが文化ならば、日本的自然を反転させたのが作為、と考えてもよいだろう。
 さらに日本的自然は、山川草木・鳥獣虫魚のみならず、人倫――「君臣父子夫婦の倫」(儒学)あるいは「古(いにしえ)の道」(国学)まで含み込んでいる*23。この点も考え合わせると、自然/作為の対立は、ロイ・ワグナーの言う本在的/人為的(innate / artificial)の対立*24でも捉えられるのだろう。人類学者にとって人為的な文化であるものがダリビの人々にとって本在的な慣習であるのと同様に、人類学者にとって日本的自然の一部は明らかに文化なのだが、近世の人々にとっては本在的な、「已むことを得ざる」ものなのである。 

日本に超自然的概念に対応するものはあったか

 ここまでは、西洋的な「自然」概念および「自然的なもの」概念のそれぞれについて、前近代日本における概念の欠如や部分的対応を簡単に整理した。西洋的自然の概念がないならば、当然、対立概念としての文化もない。しかし超自然概念は自然ではなく自然的なものに対立する。自然的なものは日本的自然の概念に、部分的に対応するように思われる。それでは自然的なものにとっての超自然的なものは、日本的自然にとって何に相当するのだろうか。そもそも、相当する概念は存在するのだろうか。
 ベンソン・セイラーが整理しているように、自然的/超自然的の対立は、少なくとも西洋においては内在的/超越的の対立に一致する。そして超越的なものは、自然の普遍的秩序を超えたものの謂いである。神々や妖怪、死者などは、普遍的秩序を超えている(とされる)がために超自然的と呼ばれる。他方、上述のように、今で言う自然界のみならず社会秩序や生活習慣まで取り込む「天地」は、「おのずから」――自発的秩序を内在させている。それを超えた超自然的秩序とはどういうことだろうか。神々や妖怪はそれを超えたところにある単一的秩序に位置づけられるのだろうか。
 この問いに答えるためには、非近代的な日本の諸社会が前提とする宇宙論的・存在論的な体系において、超自然的/自然的に類比的な存在論的二元論があるのかどうか、さらに神々や妖怪がどのように扱われているのかを検討していく必要がある。

 とはいえ、これ以上は現代の学術文献における、超自然概念をめぐる論争から外れてしまうことになる。また別の機会にいろいろと考えてみたいと思う。とりあえずの見通しとしては、神仏に関しては、超越的用法を適用できる余地があるが、妖怪や死者などに関しては、フルトクランツ的な超自然概念の非日常的用法を適用できるか否か、ということになるだろう。

*1:フォスター2017『日本妖怪考 百鬼夜行から水木しげるまで』、廣田龍平(訳)、p. 38。

*2:Ibid., p. 71–72。

*3:Ibid., p. 38。

*4:香川雅信2005『江戸の妖怪革命』、p. 141–142。

*5:『益軒全集』六巻、益軒会(編)、1973、p. 422。

*6:Ibid., p. 422–423。

*7:小松和彦2011「妖怪とは何か」『妖怪学の基礎知識』、p. 15。

*8:梅原猛1989「アニミズム再考」『日本研究』1、大喜直彦2014『神や仏に出会う時 中世びとの信仰と絆』、pp. 12, 40など。

*9:杉本良夫、ロス・マオア1995 (1982)『日本人論の方程式』、p. 212–213、ベルク『風土の日本』、pp. 262–273、Fabio Rambelli, 2007, Buddhist materiality, ch. 4、Aike P. Rots, 2017, Shinto, nature and ideology in contemporary Japan: making sacret forests, ch.3など。

*10:クロード・レヴィ=ストロース1977『親族の基本構造 上』第1章、ロイ・ワグナー2000『文化のインヴェンション』、ブルーノ・ラトゥール2008『虚構の「近代」 科学人類学は警告する』など参照。

*11:Viveiros de Castro, 1998, Cosmological Deixis and Amerindian Perspectivism, Journal of the Royal Anthropological Institute 4 (3), Amiria Henare, Martin Holbraad and Sari Wastell (eds), 2007, Thinking through things: theorising artefacts ethnographicallyなど参照。

*12:マリリン・ストラザーン1987「自然でも文化でもなく ハーゲンの場合」『男が文化で、女は自然か? 性差の文化人類学』、木内裕子(訳)、ラトゥール2008、Tim Ingold, 2000, The perception of the environment、 Philippe Descola, 2013, Beyond nature and cultureなど参照。

*13:柳父章1995『翻訳の思想 「自然」とNATURE』、ベルク『風土の日本』、Descola, 2013, pp. 29–30、Casper Bruun Jensen & Atsuro Morita, 2017, Introduction: minor traditions, shizen equivocations, and sophisticated conjunctions, Social Analysis 61 (2)、Rambelli 2007,  Rots 2017など。

*14:柳父『翻訳の思想』、pp. 68–70。

*15:Rambelli, 2007, p. 133.

*16:たとえば山口昌男1975『文化と両義性』pp. 1–7、小松和彦1985『神々の精神史』pp. 83–115。

*17:相良亨1979「「自然」という言葉をめぐる考え方について」『自然 倫理学的考察』pp. 228–229、柳父『翻訳の思想』pp. 63–74。

*18:Jensen & Morita, p. 5.

*19:相良、p. 234。

*20:相良、p. 235。

*21:丸山眞男1983『日本政治思想史研究』。

*22:柳父『翻訳の思想』pp. 163–165、Jensen & Morita, p. 5。

*23:丸山『日本政治思想史研究』pp. 200–207, 266–275。

*24:ワグナー『文化のインヴェンション』。