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妖怪と、人類学的な雑記

筑波大学の廣田龍平です。被災地研究・妖怪研究を人類学・民俗学的な方向からやっています。

某書の「はじめに」私訳

私訳。震災前にこの本をゼミで読んだとき、さっぱり理解できなかったので一言一句逃さないように日本語訳してみたものを発見したため、ちょっとだけ手直ししたものを勝手に載せます。

この分野ではきわめて重要な著作なので、翻訳が続々と出ている現状を鑑みるに、近いうち専門家の方々が正確で読みやすい日本語訳を出すと思います。

 

 はじめに

 かつて、フェミニズムに刺激を受けた人類学研究が、女についての書き方や、女と男についての書き方を一変させるだけではなく、文化や社会についての書き方も変えていくだろうという希望があった。ナラティヴ様式の実験をとおして、この希望は少しばかり実現した。本書は、ある種の文学形式としての正統的な人類学的分析を利用する実験である。このスタイルは、論争的だ。

 この試みには、一部で人類学の外部に原動力があるにしても、人類学からして内的な必然性もある。これまで私はメラネシアの島々について論じてきたのだが、そこではジェンダーの象徴表現が、人々が社会生活を概念化するときに、主だったところで作動している。ジェンダー関係の問題を避けていける民族誌家はほとんどいない。今日に至るまで、ジェンダーの理論とでも呼べるものを展開していく必要性に考えをめぐらせた民族誌家もまた、数少ない。私が「ジェンダー」という言葉で言いたいのは、性に関するイマジュリ――つまり、男性的・女性的な諸特徴の独自性によって、社会的関係性の本性についての人々の諸観念が具体的なものになる方法――を用いた、人格や人工物、出来事、連続的事象などのカテゴリー区分のことである。単純に男と女「について」のことだとしてしまうと、循環論法に陥ってしまうだろう。事実、ジェンダーの発明的な諸々の可能性は、それらをとおして諸々の関係性が解釈される方法に注意を向けてこそ、評価することができる。メラネシアの人々がジェンダー関係を自身に提示するやり方の理解を、彼らが社会性を同じく提示するやり方の理解と分けて考えることはできないのである。それならば、ジェンダーを理論的に独自性がある主題として取り扱うには、そのカテゴリー区分の基礎となる諸原理を書き留めることや、この地域の諸社会にまたがったカテゴリー区分の一般性について問うことを必要とするだろう。

 このように試みるにあたって、西洋のフェミニズム研究が提起した論点への関心の発端を無視することはできない。本書の第一部は、過去20年にわたってメラネシア民族誌に取りついてきた、人類学上のいくつかの問いとフェミニズム由来の問いとを行き来しつつ結び付けてみるものである。当初私は、メラネシア人類学に対してフェミニズム理論が及ぼしてきた影響を書き留めてみるつもりだった。この人類学が扱う事実や主題に、1960年代から1970年代にかけて、西欧・北米で隆盛してきた新しいフェミニズム由来のものがあるかどうかを記述しようと思っていたのである。ちょうどこの時期、メラネシアでの人類学フィールドワークも普及してきていた。

 しかし結局、私は歴史的な説明を仕上げなかった。論争や討論のネタとして新しい諸観念を受け入れるほうが、新しい諸観念を民族誌的実践のための指針として採用するよりも、たやすいように思われる。過去の例外として、たとえばアネット・ワイナーやダリル・フェイルの仕事があった。しかし全体としてみると、「女性の人類学」や「ジェンダー関係」についての溢れんばかりな一般的議論は、フェミニズムに特徴づけられた、諸社会全体の記述と適合してこなかった。明らかに変化移行があったと思われるところでさえ、両者のつながりは推測されるのみだった。自分の著作フェミニズム的だと称するメラネシア民族誌家はほとんどいないし、一部の人々は自分たちの人類学のコンテクストとしてフェミニズムを受け入れ、また私が引用している別の人々はこのラベルを避けてさえいる。

 私の思っていたことが未熟だった、のかもしれない。1980年代半ばは、メラネシア研究における「第二の波」を閲していたからだ。女性人類学者だけ、しかもその一部だけとしても、ブレンダ・クレイ、デボラ・ゲワーツ、リゼット・ジョゼファイズ、ミリアム・カーン、レナ・レダーマン、ナンシー・マン、ロレーヌ・セクストンがいる。とはいえ、私が調査してみた、過去の限られた資料においてさえ、フェミニズム的な想定や人類学的な想定の双方に等しく抗するような問いが立てられていた。ただ、そうした問いは、融合しなかった。ある一つの様式が、単に別の様式に組み込まれたというわけではなかった。だから、そこにあったのは、諸々の入れ替わり(alternation)であった。

 第二部は、ある種の総合である。ここでは、「父系的」「母系的」文化の双方において、メラネシアの諸文化に共通するように見える諸社会関係を概念化するときの、諸々の技術や戦略が投げかけるものを記述してみる。ここでいう総合は、第一部で探索してみた入れ替わりの必然的な産物である。そして、こうした諸々の技術は、必然的に、先ほど触れた諸原理を具現化しており、またその証拠でもある。それでも実際には、次はこの合体を突き崩し、さらなる入れ替わりによって、俎上に乗った諸文化を捉えるべきだ。その入れ替わりとは、そうした技術が、関与する行為者たちのために作動すると思しき方法を明らかにすることと、人類学者が行為者たちを――彼らが組織化の諸原理を体現するかのように配置することによって――自分のために作動するようになす唯一の方法との入れ替わりである。実際のところ、これらはかなり異なった生産物だ。人類学的分析は、何よりもそれ自身に属する把握形式や知識形式をとおして、その諸主題を把握するほうへと近接し、諸主題の複製を成し遂げるのである。

 人類学的アプローチとフェミニズムのアプローチの関係性を紹介する初めの2つの章は、西洋の知識実践の民族誌としても読めるだろう。本書の主部が、私がメラネシアの知識実践と考えるものの開示だとするなら、結論部は、厳密な意味でフェミニズム(男性支配)と人類学(多文化比較)の問いを再び考察する。

 「贈与」の概念は、長期にわたってメラネシア社会文化の研究への人類学の入り口の一つであった。事実、この概念は一般的理論化のための跳躍台を与えもした。贈与交換によってつくりだされる互酬性と負債には、社会性の形式や社会的統合の様式があるとみなされている。メラネシアでは、通例、贈与交換は人生の諸々の出来事における祝福に伴うものであり、また、とりわけ政治的競争の手段でもある。贈与には人格そのものが組み込まれることが多いが、このことは特に、女が婚姻において、ある男の集団から別の男の集団へと移動する父系的制度において見られる。とはいえこれだけが、諸々の対象が贈り手から受け手へと渡されるに際して、男性的あるいは女性的なものにカテゴリー分けされるコンテクストだというのではない。しかしながら、贈与されるのが女そのものであったとしても、事前にこうしたジェンダー規定を読み取ることはできない。「女」だけが「女性的」アイデンティティを運ぶのではないのだ。分類の基盤は、対象そのものに内在するのではなく、それがどのように取引され、どの目的に向かうのか、という点にある。この行動は、ジェンダーを帯びた活動なのである。

 屁理屈を言っているわけではない。慣例的な人類学の視点では、贈与交換は自明な行為とみなされ、男性的なものや女性的なものをはじめとする多彩な物品が、取引者の利用できる資産あるいは資源として配置されるような取引とみなされる。この行動は、「男たち」が「女たち」を統御するやり方に見られるように、出来事や資産の統御に存する権力を携えた、カテゴリー的に中立なものと想定されている。しかしメラネシア文化では、こうした行動は、ジェンダー的に中立であるとは解釈されない。この行動はそれ自体がジェンダー化されており、さらに、男たちや女たちがあれこれの物品で取引する能力は、取引をとおして運ぶことの必要性や負担がそうであるのと同様に、このジェンダー化が別の人格を代償としてある人格に与える力に由来する。そのため、贈与のジェンダーについて問うことは、これらの諸社会において支配性のもつ形態との関係において、贈与交換の状況について問うことになる。また、諸々の分析概念の「ジェンダー」について問い、個々の想定が持続させる諸世界について問うことにもなる。

 ジェンダーのイマジュリが諸概念や諸関係を構造化する方法を探究することはフェミニズムの研究課題ではあるが、明白なフェミニズム的著述についての私の評価は、過去10年間の自己記述的な「フェミニズム人類学」を定義してきた一、二の論争に焦点を当てつづけている。こうした論争を特徴づける多くの概念や想定は、自己探求を促している。しかし、フェミニズム運動はあきらかに西洋社会に根差しており、自身の先入観をコンテクスト化するのが義務的なほどである。この動機は適切なものだ。なぜならフェミニズム思想自体が、諸々の想定や予断を駆逐しようとしているからである。私は、フェミニズムによる人類学的な前提への攻撃の、その前提を問うことをとおして、この企てを真面目に取り扱ってみる。同時に私は、人類学のコンテクストにおいて、人類学がフェミニズム論争に応答するような方法を書き留めようと望んだ。このことは、それをとおして人類学が自己を創出してきた社会的・文化的データ(つまり民族誌)へと立ち戻ることを必要とする。こうすることによってのみ、フェミニズムと同じように人類学を真面目に取り扱うことができるようになり、論争的・理論的な気まぐれを単純につまみ食いするだけのことにはならなくなるだろう。

 部分的な仕事という感覚を保っておくために、私の固有な関心が述べてきたものより多くのデータが残っているという点もまた、重要である。民族誌は研究者の分析的構築物であり、それに対して、研究者が研究する人々は分析的構築物ではない。どんな個別分析が取り囲めるよりも人々の創造性のほうがはるかに巨大だということを認めるのも、人類学的な営為の一部である。それと同じ意味で、歴史的・地理的に限定された範囲の資料によって議論を提示しなければならないにしても、またメラネシアの諸文化・諸社会がこの範囲を設定するにしても、本書はメラネシアに限られたものではない。本書は、人類学がなしえる理解となしえない理解の主張についてのものでもある。