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妖怪と、人類学的な雑記

筑波大学の廣田龍平です。被災地研究・妖怪研究を人類学・民俗学的な方向からやっています。

日本怪異妖怪大事典「廣田龍平」担当項目の補遺5/5 もうみ、モグラ、門助婆、問答石、やかん転がし、やかんづる、やざいどん、山あらし、山芋鰻、山猫、山ミサキ、ヤモリ、雪降り入道、雪ん坊、笑い女

この記事がどういうものかについてはhttp://d.hatena.ne.jp/ryhrt/20130827/1377587908を見てください。原則として『日本怪異妖怪大事典』を手元に置いて読んでください。

61. もうみp. 545「青森県八甲田山岩木山に住んでいるとされた、恐ろしい化け物」。○
『あしなか』の記事に情報があっただけで、そのほかの文献にあるかどうか定かではない。語源もよくわからない。

62. もぐら「土竜」p. 546「土中に穴を掘って棲む哺乳類の一種」。○
また動物項目。ほとんど妖怪伝承はないようだ。DBカードにあるもの二つをそのまま事例にした。他には「せんねんもぐら」があるが、別に立項されていたので(p. 325)、言及しなかった。この項目について特にいうことはない。

63. もんすけばばあ【門助婆】p. 549「何らかの理由で神隠しにあった女が山姥のようになり風と共に帰ってくるという遠野の伝説」。○
ハーフ項目指定だったのに、こっそり小項目の字数制限で書いたが、何も言われなかった。
説明に書いたとおり「寒戸の婆」の原型というか類話とみなされる、という点は、岩本由輝(1996)「サムトの婆々と佐々木喜善」『東北民俗』30, p. 1-8などで指摘されているものである。
また、事例1は伊能嘉矩によるもので、事例2は佐々木によるものという違いがある。DBに引用されているが、岩本論文によると『遠野町古蹟残映』(1992)にも伊能が記録した「門助ばゝあ」の話が載っているという。

さて、1の地名は「遠野市」、2は「遠野町」になっているが、これは文献が出版された時点での地名というだけの違いであり、本来は1も「遠野町」のころの伝承だったのだろう。

64. もんどういし【問答石】p. 550「音を発する石の怪異の一つ」。○
特殊なかたちで音を反響させる石の話がまとめてDBカードで与えられた。
この手の石の伝説は『日本伝説名彙』のp. 114-6にたくさん掲載されているのでそれを参考にしたが、DBカードにもそれなりに多くの事例があったので、事例はすべてそこから採った。

村上事典には「呼ばわり石」だけ載っている。前にも書いたが、基本的に村上事典は石の怪異をほとんど採用していないようである。ただしこの「呼ばわり石」は観音さまがこの石の上に立って叫んだ、その足跡が残っていた……という話であって、石自体が怪異というか奇瑞霊験をなすものではなく、その意味で本項目とは多少異なっている。さらに言うと、正確には「人呼はり石」である(『靜岡縣駿東郡誌』1917, p. 995)。

なお、呼石や鸚鵡石という呼称のほうが多く、「問答石」というのは一般的ではない。

ところで、問答石やヨバリ石のように違った音を返すなら怪異かもしれないが、同じ音を返す鸚鵡石の場合、これは「怪異」なのだろうかという疑問もわく。単なる反響現象じゃないのだろうか。

65. やかんころがし【薬缶転がし】p. 552「人通りの少ない道や、夜中の道中に、薬缶が気味の悪い音を立てながら転がってくる怪異、または薬缶を転がす妖怪のこと」。○
柳田の「妖怪名彙」に薬缶坂が紹介されているので有名だろうか。
なぜ「薬缶」なのかという疑問について、狐の別称「野干」と関係あるのではないかという話もあるが、鑵子になっている話も多いので、一概には言えないと思う。

事例はいずれもDBから採った。

説明文について「提灯の火を消す」というのは新潟県の話で、DBにあり、「ヤカンコロガシのしわざと聞いたが、実際はイタチらしい」とある。もはや薬缶とは何の関係もない。
「人の姿をして現れる」も同じで、「これは、イタチのしわざで、ヤカンコロガシ」という。実際に薬缶を転がす名の知れた妖怪がいて、それがイタチの仕業ということになり、次いでイタチの仕業とされた別の現象も、ならばヤカンコロガシのことだろう、ということにでもなったのだろうか。

字数に余裕があれば載せたかったのだが、野草の名前に「ヤカンコロガシ」というものがあり、

それを踏んで歩ぐとサランサランて音がして、その音がしると、ほら君達ヤカンコロガシが出るぞ、なんてって怖がったんだっけがのう。その草のことをヤカンコロガシてったんだでェ

とある。この草はコシノカンアオイのことらしい(『高志路』247 [1977], p. 16; DBにあり)。
前の段落のでは妖怪の名称がイタチを介して一般化されたが、こちらでは妖怪の名称がそれの兆しとなる普通の草にまで伝播している。妖怪名の発生について考えるのによい事例だと思う。
「水甕」の話はDBにある大分県の「ハンド転がし」のこと。そういう音がするという。無害らしい。

事例に載せなかったがDBによると神奈川にもカンスコロバシが出るという。これは「カラカラカラッ」と音を出すもの。
山口県福栄村(現・萩市)には「かんすころげ」が出る(詳細不明、DBにあり)。
また『小野田市史 補遺篇』(1963)によると、決まった場所に「かんすころげ」が出るという(p. 228)。小野田市は現・山口県山陽小野田市

『現行全國妖怪辭典』にも「カンスコロガシ」「カンスコロゲ」があり(p. 17)、山口県厚狭郡の伝承らしく、鑵子または人の首(!)が転がってくるという。厚狭郡は現・山陽小野田市などなので、近い伝承かもしれない。
『日本妖怪変化語彙』には、カンスコロゲが転げてくるときに腰が抜けると足萎えになるという山口の話が載っているが、出典不明(中公文庫版p. 255)。
またカベヌリのときも出てきた丸山学の『民俗えっせい』(1969)にはカンスコロビも紹介されていて、「親のいいつけをきかない子がいるとカンカンと竹の幹に突当たる音をさせながらころんで来て、子どもの頭をかむ。ヤカンコロビともいう」とある(p. 56)。相変わらず伝承地は不明だが、九州北部、ということになるだろうか。「ぬりかべ」のときも紹介したが、メタセシスで「かんころすけ」と伝わっている地域もあるらしい。

9/3追記:『長谷村の民俗』(1971), p. 54に、シンプルに「溝口上城の堂の前の急な坂に「ヤカンコロバシ」が出たそうである」とだけ書かれている(長野県上伊那郡長谷村、現・伊那市)。

2014年3月追記:『益城町史 史料・民俗編』(1989)に、「鉄瓶コロガシ」が紹介されている。ある切通しに「ゴマの蝿」が出たり、鉄瓶コロガシが出たりしたのだという。詳細は不明である(p. 155)。益城町熊本県

66. やかんづる【薬缶ヅル】p. 552「夜中に森を歩いていると木の上から薬缶が下りてくる怪異」。●
連続して僕の執筆項目。「薬缶吊る」だろうか。
これも柳田の「妖怪名彙」に載っている上に水木しげる斜め上を行くヴィジュアル化をしたせいで比較的有名だが、もともと二行しか情報がないので、与えられたDBカードには、他にいろいろと下がってくる怪異も含まれていた。
さて柳田はヤカンヅルの出典として「長野附近俗信集」というものを挙げているが、これは結局入手できなかった。小松和彦も『新訂 妖怪談義』(2013)の注釈で簡単な書誌情報にたどりついたものの「所蔵先不明」としている(p. 282)。非常に残念である。
しかしこう考えてみると、柳田が「妖怪名彙」に載せなければもしかすると永遠にヤカンヅルについての情報は失われてしまっていたかもしれないということになる。

説明文で「鼬の仕業」とあるのは、DBにあるもので、赤茶釜がぶら下がっているという新潟での話。
「土瓶」もDBにあるもので、京都の話。「手をのべてつかもうとすると、どびんはすっと消えてしまったそうな」。
鍋のフタもDBにあり、宮崎の話。

いずれも無害っぽいが、そういうのが人間生活とあまり関係のないところにあるというだけで怖れられていた。

67. やざいどんp. 555「薮神の一種」。●
DBにある元文献は井之口章次による報告である。
伝承地は中津良村堤(現・平戸市堤?)だと書いてあるが、軽く地方史誌を調べてみたものの、「ヤザイドン」についての情報はなかった。

68. やまあらし【山あらし】p. 562「山に出る妖怪」。○
説明文の冒頭がシンプルすぎる気もするが、同名でありながらかなり異なった伝承が多いため、こうせざるを得なかった。
妖怪絵巻の「山あらし」は、事例に入れるのは無理なので説明のところにいれておいた。

DBカードから採った事例は3のみ。この地方では雹のことをアラシといい、雹除けのお札を竹などにさして畑などに立てるという風習があるのだが、その起源譚として事例3の物語が語られているらしい。

DBカードにはなぜか『民間傳承』4.3 (1938), p. 4にある「ヤマアラシ」が入っていなかったが、DB自体にはある。「俗信」とあるから事典資料としては除外されたのだろう。これを事例2に入れた。
事例2に類似した広島の伝承が『民間傳承』16.2 (1952), p. 34-5にあるので引用する。

牛が仕事をしている時、肢がひよろひよろしてヘコル(挫く)ようになつたり、体を震わせたりして仕事をしなくなる。……これはアクマがついたのであり、イキアヒニ逢フタとも魔ノ風にアフともいう。……アクマについては、猿のような毛物だとも言つているし、ヤマアラシの別名をシイといい、シイが毛を立てると牛が非常に怖れるから「お前の後にシイがいるぞ」という意味で「シイ シイ」と言つてやると、牛が前進すると傳えている。

これ、どうしたわけかDBに入っていない。

事例1は村上事典に教わったもの。

DBカードには三宅島の「ヤカジ」というものも混じっていたが載せなかった。原文を読んでもいまいちよく分からない存在で、「嵐のようだという」と形容されているが、これが動物のヤマアラシのことなのか、嵐のように風雨をもたらすのか、判断しかねる。


2014年3月追記:江戸中期の地誌『拾椎雑話』巻二十四「鳥獣(附録)」に、「飛彈国山中にこ玉と云獣あり、猿の類にて五六歳の童子のことく立てありくもの也。又他所にて山あらしともいふよし、わるさをいたすものなり」と紹介されている(法本義弘校訂『拾椎雑話・稚狭考』1974, p. 344)。「こ玉」は「木霊」のことだが、おそらく『和漢三才図会』に猿のような姿で描かれているのに影響されたものなのだろう。しかし山あらしを伝える「他所」がどこかは判然としない。

69. やまいもうなぎ【山芋鰻】p. 562-3「山芋が鰻に変化する怪異」。○
「山芋鰻」という妖怪名は文献に出てこない。この語の初出は現代だと思われる。とても便利だし誰でも連想しやすいとはいえ、山芋鰻を妖怪名として定着させていいのかどうか、悩むところではある。

DBカードもそれなりにあったが、事例はいずれもDB以外から採ってきた。

事例1の『俗説正誤夜光璧』は馴染みのない文献だと思うが、1727年に書かれた通俗医学書で、田中聡(2007)『江戸の妖怪事件簿』p. 155-7で知った。他の随筆と違い18世紀前半の文献で、比較的詳細に書かれているため、ここで取り上げることにした。
事例2の『甲子夜話』(19世紀前半)は山芋→鰻ではなく鰻→山芋という事例だったので載せた。「かゝれば鰻魚も時として薯蕷に変ずることありやと」。
事例3は近代以降の事例として。湯本豪一(1999)『明治妖怪新聞』で確認した。

「山芋鰻」の初出は分からないが、『和漢三才図会』(1712)あたりだろうか。この文献ですでに「見た人は往往にある」とあるから、17世紀後半には広まっていたのだろう。
2014年6月追記:↑まったくの間違いだった。13世紀後半の成立になる事典『塵袋』第四に「蛇のウナギになるとも、ヤマノイモのウナギになるとも云ふ事あり」とあって、おそらくこれが初出(大西晴隆・木村紀子校注『塵袋1』2004, p.228)。

DBにあるものとして他に『閑田耕筆』(1801)、『三余叢談』(1822)、『中陵漫録』(1826)、『古今雑談思出草紙』(1840)。
DBにないものとしてさらに『譚海』一に「羽州くぼたの人、山のいもうなぎに化したるを所持せり、是も半は各其かたちを殘せりとぞ」とある(『譚海』1917, p. 6)。

「植物が魚に変ずるという伝承」は伊藤龍平(2010)『江戸幻獣博物誌』にいろいろ書かれている。

70. やまねこ【山猫】p. 570「大型の猫の妖怪」。○
また猫の妖怪だが、他意はない。
ヤマネコについては近藤祉秋(2012)「おっちゃん、それは化け猫に化かされとっだわ」『文化人類学』76.4, p. 463-74という論文があり、近藤さんは蛇についてはたくさんこの事典にも書いているのだから、この項目も担当してほしかった。というか、近藤さんがヤマネコについての研究発表をした学会で一度だけ直接会って話したとき、この事典の話題が出て、「僕ヤマネコ書くんですよね……」と話した覚えがある。

これもDBカードだけで28もあったので、事例はすべてそこから採った。

説明では島嶼部に伝承が多いと書いたが、もちろん他の地域にも多く伝えられている。「ばけねこ」と同一視されていることもあるようだ。
比較的古い事例は、DBにもあるが、『燕石雑志』(1811)の「八丈島に狐狸狢なければ山猫の人に憑ことありといふ」だろうか。
イリオモテヤマネコならぬUMAのイリオモテオオヤマネコについて載せる余裕はなかった。今思えば載せておけばよかった……。

71. やまみさき【山御崎】p. 574-5「山に出没する亡霊、または怪物のこと」。●
DBカードから採ったのは1。ハーフ項目だったということもあり、あまり力を入れて調べなかったが、村上事典によると瀬川清子の「相島日記」にも載っているらしい。(9/3追記:「相島日記(一)」『旅と傳說』11.10(1938), p. 23に「ヤマミサキ 死後行く處によう行けずに何にも食わずに難儀して風になつて迷つて歩いてゐる亡靈、それに行き當ると病氣になる」と書かれている(山口県萩市相島)。)

事例1についてもう少し詳しく書くと、崖から落ちて死んだり、難破して死んだりした者が、死後八日目までにヤマミサキになるという。

事例2の『綜合日本民俗語彙』には、出典は記していないがDBにあるものも引用されていて、鳥のように飛ぶと書かれているが、どうも原文を読むかぎり七人みさきのことのようである。七人みさきを山に入ってはヤマミサキと呼ぶ、と書いてはいるが、ヤマミサキ自体が鳥のように飛ぶとは書いていないようにも読める。

2014年6月追記:『綜合日本民俗語彙』の出典は、重本多喜津『長戸方言集』(1937)だった。
「ヤマミサキ 深山に出る怪物の名、其の形、人の生首落葉の上を車の如く轉ぶ、人其風に遇ふ時は大熱を發すといふ」(p. 75)。

また、DBにあるが、いざなぎ流における魔性のものの一つとして山ミサキが挙げられている。

文献初出と思われるものとして、『人狐辨惑談』(1818)に「和名人狐ト呼ヘカラズ、名正シカラザレバ人の惑トナル雲州ニハ山ミサキ又藪イタチト云モノヽヨシ御觸アリシトナリ」とある(『日本庶民生活史料集成 第七巻 飢饉・悪疫』1970, p. 18)。(9/3:文献を差し替え)

72. やもり【守宮、家守】p. 578「トカゲに似た小型爬虫類の一種」。○
またまた動物項目です。
事例1はDBにあるものの出典を探した。
事例2は自分で探した。
どちらも物語性が高いため、圧縮して記述することが難しかった。事例1の文献はDB収集対象にはいっているはずだが、なぜかDBカードには存在していなかった。しかしこれは怪異ではないな。事例2は「イモリ」と書いているが、地上の話なので動物学的にはヤモリのことである。Wikipedia日本語版ではなぜか「イモリ」自体が妖怪の名前となっているが、これは間違いだろう。

DBカードには、ほかに大蛇を退治したと思ったら「野守とて大蛇の類にもあらず」と言われたという事例があり、いかにも妖怪話らしいが、上記の理由でスペースがなく、掲載を断念した。

73. ゆきふりにゅうどう【雪降り入道】p. 588「雪中に現れる妖怪の一種」。○
与えられたDBカードから判断すると、雪に関連する雑多な妖怪をまとめて書け、ということらしかった。
肝心の「ゆきふりにゅうどう」のカードは悪名高い『宮城県史』のものだったので、原典にさかのぼって記述した(事例1)。
事例2、3はDBにある。
2の「ユキノドウを撃退する呪文」はスペースの都合で書かなかったが、DBページで読むことができるのでご安心ください。DBに「ユキノドー」という名称で採録されている報告は、その出現時の感覚を「身體がセガレテつくかんじよー」と表現している。岐阜県の話らしいが、どんな感覚かよくわからない。

74. ゆきんぼ【雪ん坊、雪坊】p. 588「雪の降り積もった夜に出没し、一本足の足跡を残していく妖怪」。○
事例はどちらもDBにあるもの。事例1はまぁわかるが事例2は悪性の雪女とでもいうべき妖怪で、一本足の1とはずいぶん趣が違う。名称は同じだが、おそらく別個に発生したのだろう。

75. わらいおんな【笑い女】p. 615「高知県の山の中にいる妖怪」。○
ようやく最後の項目までいきついた。
相当雑な冒頭の説明だが、次のところから多少詳しくしてある。
しかし今考えると別名にある「笑い女子」(事例3)は明らかに「笑い女」とは別系統、「濡れ女子」の系統である(濡れ女子はこの事典には載っていない!)。しかもこちらのほうの分布は「高知」ではなく「愛媛」である。そのことをちゃんと書くべきだった。失敗。

DBから採った事例は3だけ。
1はWikipedia日本語版に教えてもらった。
2は、その『異界万華鏡 高知編』の「土佐妖怪事例集」(p. 56)で知った。民俗事例としての笑い女の出典についてはこの「土佐妖怪事例集」でだいたい網羅できると思う。
そこに載っていないがDBにはあるものとして、「土佐の山村の妖物と怪異」(『怪異の民俗学』版だとp. 335)のもの(幡多郡)、高村日羊の短い報告「妖恠」にあるもの(長岡郡國府村)の二つを挙げておく。

事例1の「笑い男」の出典に「など」と書いたが、それには根拠があり、むしろこちらのほうが有名だろうが、『南路志』(1813)巻三十六「闔国第十二之一 神威・怪異・奇談 上」に載っている。
これ自体は『日本民俗文化資料集成8 妖怪』(1988)所収の「近世土佐妖怪資料」p. 314に抜粋されているからそれなりに有名だと思う(原著は1969年出版、笑い男はp. 6-7)。また『近世民間異聞怪談集成』(2003, p. 735-817)にも載っている。
ここでは、近年『南路志』全体を翻刻したものから笑い男の部分を抜粋してみよう(高知県図書館編1992『土佐国史料集成 南路志 第四巻』)。基本的には同じだが、「妖怪資料」の「三つの怪談」が「三つの怪獸」となっているほか細かいところに差異がある。

樋口大夫ハ、知行三百石にて船奉行勤ぬ。土佐国勝賀瀬山の赤頭ㇻ・本山の白姥・山北の笑ㇶ男とて、三ツの怪獸有ける。関太夫知行所山北に有けれハ、或時殺生に行山へ入むとせし時、百姓共申ハ、今日山へ御出は無用ニ存候。所の者とも申傳候者、一九十七と申て、月に朔日・九日・十七日には、此山へ入候得ハ必笑ㇶ男に逢ふとて、半死半生の仕合に罷成と申候といへは、関太夫聞て、我等役目に、二月九日に船を出さぬと云事ハあれとも、山へ不入と云事ハなし。今日九日也とて何の遠慮の有へきぞとて、家来一人召連山へ登りぬ。山腹を往来して雉をねらひけるに、壱町斗向ふの松林の端に十五六歳の小童出て、関太夫に指をさして笑ひける。次第に笑聲高く成、小童近く程、山も石も草木ミな笑ふ様ニ見え、風の音水の音迄も大笑に響けれハ、関太夫主従坂を下り遁帰る。此笑聲大忍郷迄も聞えけると也。家来ハ麓にて氣を塞きぬ。百姓共迎に来りて無事に帰けるか、其年を過き関太夫病死するまて耳の底に笑ひ聲残りて、不斗其時の事思出ス時は鉄砲打込やうに有しとかや。(p. 66-7)

いちおう事例1の出典(『土州淵岳志』)も引用しておく。

香美郡大忍郷山北村ノ山ニ笑男トテ年十四五バカリニミユル童子アリ。猟師樵夫モシ此山ニ入ツテ笑男ニタマゝゝ逢事アリ、一町ハカリ側ヨリ指ヲサシテ笑フ。ソノ声初ハヒキク次第々々ニ高クナリテ、後ニハ山岳モ崩ルゝ計ニ夥シク聞ユ。艸木巖石マテモサナカラ笑フカ如シ。猟師樵夫ナトモ之ニアヘハ忽ニ絶入スルト云。近古樋口関太夫ト云フ士コノ事ヲ聞及ヒ、奇事ナレハ見置ヘシトテワサト山北ニ行、山中ニ入モシ行アヘハ即退治スヘキ心得ナリシカ、彼笑ニ気ヲ奪ハレ、這々里ニ還リ出タルトナリ。其時ノ笑声赤岡辺マテ聞エシト也。ソノ笑フ声、関太夫一生耳ノ底ニ留リ忘レントスレトモノカサリシト聞傳フ。

また年代不明だが『老圃奇談』(『常堅舎叢書』15所収)にも短く次のようにある。

香我美郡大忍の庄大利村に笑男と云山有。此山ニ人行ハ必害有。一人の男出て笑へば、惣山草木迄皆笑ふ景色ニ成、行者もおかしくなりて、終に笑ひ死すると云。里人山神と崇む。
(『高知県史 民俗資料編』1977, p. 526)

愛媛の笑い女子については『宇和地帯の民俗』(1961)に詳しいが、基本的にはヌレオナゴのほうの解説になっている。
「ヌレオナゴの称が一般である。高知県境に近い地方では、笑い女子という村が若干ある(城辺町僧都・一本松村小山など)」とあり(p. 228)、この名称自体は高知の笑い女と関連があるような感じだ。この妖怪の特徴には地域差があるが、南部では髪の毛が鈎針になっており、これで男をひっかけて連れて行ってしまうという。これが事例3の背後にあるわけだ。
さらに「笑い女子」ではなく「笑い女」という伝承もある。これは城辺町山出に伝わる話で、「髪に鈎針をつけ、笑いながら人を引っかけてとる」という(p. 341)。