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妖怪と、人類学的な雑記

筑波大学の廣田龍平です。被災地研究・妖怪研究を人類学・民俗学的な方向からやっています。

日本怪異妖怪大事典「廣田龍平」担当項目の補遺3/5 納戸婆、二人坊主、抜け首、塗り壁、猫神、猫狸、猫憑き、ネロハ、野ぶすま、箸拾い坊主、バタバタ、般若、光る石、緋鯉、狒々

この記事がどういうものかについてはhttp://d.hatena.ne.jp/ryhrt/20130827/1377587908を見てください。原則として『日本怪異妖怪大事典』を手元に置いて読んでください。

31. なんどばば【納戸婆】p. 416「納戸にいる、老婆の姿をした妖怪」。◎
極端に解説を短くして、事例を6つ押し込んだ。物語性のある妖怪ではないので出来たともいえる。
DBカードは悪名高い『宮城県史』を除くと、なんと事例3の「納戸には納戸ババがいるという」という14文字しかない情報だけ。とはいえ『綜合日本民俗語彙』の第3巻p. 1134には「奈良、兵庫、岡山、宮崎など各縣でいう」とあるから西日本ではかなりポピュラーなものだったらしい。Wikipedia日本語版にも単独で項目があるほどだし、水木しげるもユーモラスな絵にしている。

事例1は『語彙』に引用されている『岡山文化資料』のものだが、同所にはもう一つ別地域(旧・古都村)のものも載っている(p. 52)。ただし話は大差ない。
事例2は村上事典に紹介されているもの。たんたんころりんと違い、ここはちゃんと「現行」になっている。
事例4は日野巖が『民族』に1927年に発表したのを1931年に書き直したもの。前者では「ナンドバジヨ、ナントババ 暗いところに居る」(p. 592)だけだったが、後者では「ナンドバジ͡ヨ。ナンドババ 納戸の奥の暗いところにゐる」(p. 94)と、少しだけ詳細になっているので、誤植もある(「ナント」)初出ではなく詳細なほうを採った。
事例5は、執筆中に図書館でたまたま手にとった民俗誌に載っていたもの。こういう偶然があるということは、それ以上に見逃しているものも多いということになる。ここでは「ナンドババサ」としたが、ほかに「ナンドババア」「ナンドバアサン」とも呼ばれている(p. 568, 584, 732-3)。場所によっても呼び方が違うらしい。また、「代々のじいさん、ばあさんがここに寝起きしたからそういうのだろうといわれている」らしい(p. 894)。
事例6は「納戸婆さん」としたが別のところでは「納戸婆」となっている(p. 132)。零落説に従えばこれは納戸神から妖怪納戸婆への過渡状態ということになるのだろうが、まあそんな単純な話ではないだろう。

また、事例には載せられなかったが、『播磨加古郡北部方言記録』(1972)にもナンドババがあり「納戸のような暗い部屋に居ると想像された怪物」とある(p. 73)。
『語彙』に紹介されている奈良県の事例は見つけられなかった。今後も探索の必要がある。

32. ににんぼうず【二人坊主】p. 421「葬式のときに現れる坊主の妖怪」。○
これも事例が一つだけ。原文では、カラスが神様の使いであるという信仰がこの民話に反映されていると語られている。なお、カラスだとわかるのは、「あとに三つまたの足跡が残っている」から。

33. ぬけくび【抜け首】p. 427「夜中、おもに女性の首から上だけが身体から離れ、さまよう怪異」。◎
与えられたDBカードから判断して、どうも「飛首蛮」も紹介しなければならないような感じだったので、やや無理矢理説明文に押し込めてある。
「ろくろくび」の項目(アダム・カバットさん担当)にも当然言及があるが、そこでは「頭が完全に同体から離れ、飛行するタイプのろくろ首」が抜け首であるとされている(p. 611)。しかしそう単純な話ではないようだ。「ぬけくび」の項目では、はっきりと「抜け首」と書かれている事例だけを取り上げた。

事例1はたぶん代表的と思われるもの。女性で首が夜中にさまようもの。
2は男の話で、たしか『奇談異聞事典』(p. 702)にあったものの原典を探ったのだと思う。「抜首疾」の「ぬけくびのやまい」というルビは僕が勝手につけたもの。
ちなみに原文は最後に「私に云、此事虛說なるべし、誠の首拔出て行べきやうなし、可㆑信事にあらず、〔附箋〕轆轤抔とて、五雜俎等にも書載せあれば、强ち虛說とも言ひがたし」(『百家随筆』p. 278)とある。半信半疑の模様。
3は佐藤芿明「備中南部に於て信ぜられる妖怪の一覽表」『岡山文化資料』にあるものだが困った。原資料にはページ付がないのだ。ここでは仕方なく1979年に復刊されたもの(新仮名新字体になっている)のページ数をつけたが、そのことを注記しなかったので混乱のもとになってしまったかもしれない。なお、原資料では82ページの次にこの「一覽」がある。
さらにいうと「首抜けともいう」は同じ佐藤の『現行』p. 20, 37にあるもので、それも追記したはずだが、反映されていない。
事例4は、以前『風俗畫報』の方言報告を網羅的に読んでいたときに見つけたもの。

書ききれなかったものとして、DBカードの愛媛の「首抜け女」(首が三尺伸びる女)、兵庫の「抜け首」(人を埋葬したら、墓に首が転げ出ていたという怪異のタイトル)を挙げておく。
また、島村知章「和氣郡日生町方言」『岡山文化資料』3.5 (1931)にも「ヌケクビ ろくろ首」があったが、これを事例3に入れる余裕はなかった。

また、これも載せなかったが、ちょっと俗っぽいものとして、福岡県直方市には、ある店の娘が抜け首だったというのがばれて、「店屋の抜け首」として評判になり、《境店屋の三蔵が娘、感田蓮池に夜遊ぶ》という俗謡まで作られたという、なんとも流言飛語というか風評被害とでもいえそうな話が伝わっている(『直方市史 下巻』1978, p. 1043)。

また『岩邑怪談録』(1976)にも飛頭蛮に「ヌケクビ」というルビをつけた怪談が載っている。あまり有名ではなさそうなのでここに原文を載せておく(p. 32)。

新小路飛頭蛮の事
今より三十余年前は、新小路の西の端、北川何某の宅は、街に沿ひて建ち、障子ありて街に臨みたり。其頃、夜半過ぎて路行く人、折々女の隔子に臨みたるを見しに、其屋の妻なれば、格別怪しとも思はざりけり。或夜、主人、眼醒て妻の寝床を視るに、胴体のみありて首なく、線の如きもの、頭より延べてありしに、主人、大いに驚き、枕元の刀をとり、其線を断しに、忽上の隔子より落る物あり。主人、能々視れば紛れもなき妻の首なれば、再驚き、畢竟妻は抜け首にて有しが、吾、早まりて無実の妻を殺したり、と大に悔めどせんすべなし。世間には急死せしと披露し、事済みたりとなり。
「抜首の人は、自らも之を知らず、熟眠すれば頭延て線の如く、首は数尺も距る所に在り。覚んとすれば忽収縮して故の如くなるもの也。」と閑田耕等、精くいへり。

34. ぬりかべ【塗り壁】p. 429「夜道を歩いていると、急に先が壁になり進めなくなったり、目が見えなくなったりしてしまうことがある」。×
僕が担当したなかで一番の大物はこれだろう。そして残念ながら、一番の失敗項目もこれである。

言うまでもなく、柳田國男が「妖怪名彙 四」に紹介し、それが『妖怪談義』に掲載され、水木しげるの目にとまり、超有名になったやつである。Wikipedia日本語版にもかなり詳細に書かれている。

説明文は、前半を一般的なものに、後半を妖怪絵巻の「ぬりかべ」に割いた。朝日新聞にも報道された以上、後者にはどうしても言及しておかないといけないと思ったからである。その分、事例の扱いは粗雑になってしまった。もし以下に紹介する大分の民俗事例を知っていれば、僕は絵巻のヌリカベをばっさり削り落としていただろうな……。

1は「妖怪名彙」にあるもの。誰もが知っている。京極夏彦が「妖怪のキャラクター化」を論じるときによく使う材料でもある。この事例、個人的には芦屋で桜井勝徳が採集したものではないかと考えているが、証拠がまだない。
2は、うーん、ちょっと間違えてしまった。「狸の塗り壁」は香々地では言わないです。下の方参照。
4はもっと間違い。というか訂正をしたのだが、遅すぎたのか、反映されていなかった。まず『臼杵史談』(小野学「憑者(つきもの)、幽霊、妖怪、変化(へんげ)」)には「前面にぬり壁が現れて道を塞ぐ」とあるだけ。柳田の報告とは独立して報告された最古の例として『臼杵史談』のこの論文が挙げられるのだが、正直言って微妙なところ。事例4の話は、本当は『臼杵石仏地域の民俗』(1978), p. 135にあるもの。大変申し訳ありません。いずれにせよ大分県臼杵市にヌリカベ伝承があるというのがネット上で10年以上前に話題になったのを覚えていたので、そこを集中して取り上げようと思ったがスベってしまった。

こういう失態の多少の救いである、かなり珍しい事例3は自分でも驚いた。研究室に贈られてきたいろいろな民俗誌を悉皆調査しているときたまたま見つけたもの。秩父にヌリカベの伝承があるなんて……採集年代からすると、これは水木しげるのヌリカベが影響を与えていたとしか思えない。なお原文も、ほぼこのまま。「出る」のだ。

字数制限もあったので書かなかったが、同じように微妙な事例は山口県にもあった。藤本隆博「妖怪伝承を集める 教材と地域を結び、そして妖怪現象を考える授業」『北九州大学国語国文学』10 (1998)にあるもので、著者が高校生の授業で地元の妖怪話を集めよう! と募ったもののなかに「首吊り女・さるわたりでんじろう・猿田彦かんころすけ・あかなめ・ぬりかべ・火の玉・峠の幽霊」があったというのだ(p. 106)。「さるわたりでんじろう」や「かんころすけ」がどういうものかも興味深いが(後者は「やかんころがし」のところで紹介するカンスコロゲのメタセシスか?)、彼は「水木しげる氏の著作から取材し、レポートしようとしたと思われるものがあった」としている。どれがそれかは書いていないが、この分だとぬりかべやあかなめのことのように思われる。

しかし何よりも、臼杵以外にも大分県に広くヌリカベが分布していることを闇の中のジェイさんのブログで知ったのが遅かったのが痛恨の極みだった。明らかにヌリカベの本場は大分県のようなのだ。「福岡県に伝わる」と書かなかったのがせめてもの救い。

せっかくなので、闇の中のジェイさんが挙げているもの以外の文献でみつけた事例をここに載せておく。
まず三光村(現・中津市)ではヌリカベといい、急に前方が真っ暗になるもので、狐か狸の仕業である(『三光村誌』1988, p. 916)。
また香々地町(現・豊後高田市)では特に名称はないが「イタチが壁を塗る話」というのが紹介されている。夜歩いていると壁が塗られていて進めない。イタチの仕業だと思い、呪文を唱えて煙草を一服していると壁はなくなっていた(『香々地町誌』1979, p. 455)。事例2の『大分県史』で香々地町云々とあるものの出典はおそらくこれだろう。
また三重町(現・豊後大野市)にも、ほとんど唯一の狸の怪異として「狸の壁塗り」があるという(『大分県三重町誌総集編』1987, p. 1223)。
やや面白いのは『直入町誌』(1984)の記述で、「道を歩いていて、急に前が暗くなって歩けなくなったことがあるが、狸の塗り壁とはいわない」とわざわざ書かれていることである(p. 934)。民俗調査をした大分の民俗に詳しい人(あるいはネイティヴ大分県民)にとっては、それだけ「あたりまえ」の呼称だった、ということだろうか。

それでは柳田國男の紹介した福岡県遠賀郡の話は孤立事例なのだろうか? 残念ながら、今のところ遠賀郡近辺の資料にヌリカベやカベヌリがあるのを僕は知らない。しかし福岡県には分布しているということはいくつかの事例から推測できる。
まず、大分の隣にある福岡県豊前市にはカベヌリの話が伝わっている。「ナマ暖かい雨の晩によく出る」らしい。これも行き先が壁になって進めなくなる現象のことで、煙草を一服しているとよい。しかし気づいてみると自分がそのとき腰掛けていた石は墓石だった、という怪奇オチがついている(『豊前市史 下巻』, p. 1223)。
またこれも大分に接する添田町にも、「タヌキの壁ぬり」という話がある。昼間を舞台にしているのが珍しいが、自分ではなく牛が進めなくなったことにより気づいたというのも珍しい。何度もやってようやく進めたという力押しというのも珍しい(『添田町史 下巻』1992, p. 437)。
固有名詞ではないが稲築町には「空気の壁」というものがあり、やはり前に進めず、一服していると消えているが、ここではタイノマコという食べ物がいつのまにか食べられないくらいぐしゃぐしゃになっていたというところで狐狸の介在を疑わせるものである(『稲築町史 下巻』2004, p. 657)。

Wikipediaの「ヌリカベ」にも書かれているように、「カベヌリ」の初出はどうも丸山学(1969)『民俗えっせい』, p. 56らしい。そこには「夜道にあらわれて大きな黒い壁となって行人をさえぎる」とある。丸山のフィールドワーク範囲から考えると熊本か九州北部ということになる。大分の可能性もあるがよく分からない。

事例5は、単に柳田がヌリカベと同じセクションに紹介したから入れているだけである。出典文献のほか、同じ山口麻太郎による『壹岐島民俗誌』(1934)に「どんな形をして、どんなはたらきをするものであるかは知るを得なかつた」ものとして「ヌリ棒」が挙げられている(p. 286)。これを参考に、漢字表記に「ヌリ棒」がありますよ、と編集の方に連絡したのだが、「ヌリ坊」と誤植されていた……。

結果的に「決定版」には程遠い項目になってしまった。Wikipedia日本語版に対抗しようとしたのが最初の大きな間違いだった。


2014年3月追記:大分県には隣接していない福岡県鞍手町にも似たような怪異が伝わっていた。「暗くなってからの野良帰りに、突然目の前に練り塀が現われたなど、狐にだまされた話もある。〔舟川〕」(『鞍手町誌 民俗・宗教編』1995, p. 586)。怪異の表現が「塗り壁」ではなく「練り塀」というところが独特だが、なにより、これまでほとんど無関係だった狐が怪異のエージェントになっている点が注目を引く。なお、『鞍手町誌 民俗・宗教編』は『鞍手の民俗』という事前調査資料に基づいたものらしく、より詳細はそちらのほうの文献にあるかもしれない。

35. ねこがみ【猫神】p. 432「猫の憑き物」。○
いわゆる「猫神さま」はあちこちにあるようだ。多くは猫を祀ったものであり「マイナス価」を帯びたものではないが(ゆえにこの項目では扱わないが)、中には祟りをなしたり人に憑依したりするものもある。DBカード以外の事例は3〜5。

事例1、2、4あたりはほとんど犬神と同じようなものだろう。事例3、5は祟る猫の例。事例5は『山村生活の硏究』によるものだが、同じページに岡山県の猫神の事例も載っている。
またDBにはないようだが『民俗採訪』昭和38年度号、p. 43には、猫をうすの下敷きにして殺してしまったので祀ったのを猫神さんといい、風邪の神様とされている、とある。
なお今野圓助「妖怪資料(その二)」『俗信と迷信』(1952)に「憑きものの種目」として「ネコガミ」「ネコガメ」が並んでいるが、おそらくそれぞれ事例5と事例4が出典であろう。

丸山学が熊本県球磨郡某村について報告しているところによると、ネコガメ、ウシガメというのがイヌガメのほかにあり、それぞれ憑かれた人は猫や牛の鳴き声を立てるのだという(『九州民俗抄』1965, p. 102)。
岩手県和賀郡では、小正月の晩に雨戸を閉めないと、「猫の神」が入ってくるという(『岩手の俗信 第三集 心霊と占いに関する俗信』1981, p. 28)。

36. ねこだぬき【猫狸】p. 432-3「猫に化けるのが得意な狸」。○
特にいうことはない。原文は猫狸ではなく「猫だぬき」。しかし夢中になって駆け回っている人の「背中をどんと一つ叩いてやる」のは結構難しいと思う。

37. ねこつき【猫憑き】p. 433「猫の憑依する怪異」。○
また猫である。432-3ページの見開きに三つも僕の名前があるのでよほど猫伝承好きかと思われそうだが特にそんなことはない。ただ、筑波大担当分にはどうも猫が多かったらしい……。
ちなみに「山猫」も僕が担当した。

字数制限が厳しいので事例は一つしか紹介できなかったが、そのぶん説明文のところに盛り込んでおいた。実際、「猫憑き」と呼ばれていなくても猫が憑依する怪異ならばたくさんある。「憑依の原因が必ずしも具体的な猫殺しではないこともある」と書いたが、実際のところ原因がよくわからないもののほうが多数派のような気がする。戦後の事例というのは、東山輝彦(1979)「猫憑きの1例 その民俗学的、社会文化精神医学的研究」『精神医学』21 (4), p. 371-7のこと。

偶然ではあるが、横山泰子さん担当の「ねこ」事例6は僕の「ねこつき」の事例と同一である。しかし地名も文献の巻号も微妙に違っている。まず地名だが横山さんのほうは「愛媛県宇摩郡」とし、僕は「愛媛県上山村」とした。原文には「伊豫の宇摩郡では、猫を殺すと取りつく……上山の彌八さんといふ、氣のふれた男があつた」とあって僕はこの「上山」を宇和郡上山村のことだと思ったのである。よく考えるともっとローカルな地名である可能性もある。巻号の違い(横山さんは43、僕は8 (1))は、通巻とそうでないものの違いということだろうか。ちなみに『民族と歷史』のこの号は、かの有名な「憑物特集号」である。

38. ねろはp. 436「コト八日に来訪してくる魔物」。◎
このことについてはすでに書いたので詳述しない。

ただ一つだけ、柳田國男(1933)「年中行事調査標目(六)」『旅と傳說』6 (9)に

武藏の幸手附近では……早く寢ないとネロハといふ鬼に食はれるなどとも謂ひ、是非とも起きて居なければならぬときは、出來るだけ音を立てぬやうにする(上野勇君)(p. 84)

とあることにコメントで触れたが、報告者の上野勇が『幸手のことば』(1984)で同じようなかたちでネロハに触れている(p. 61)のを見つけたのをきっかけとして、最近翻刻された『土の香』にそのことが載っているのを知った。しかも翻刻第一弾はネロハが載っていると思しき第9巻! しかし『岡山文化資料』などと同じく翻刻ではページ付も違うし表記も改められているので、ここではあえて初出にこだわり、原典を取り寄せてそのページ数でもって事例の出典とすることにした。このとき翻刻を出した出版社ページに掲載論文名まで載っていたのがとても役に立った。何事につけ書誌情報は大事です。なお翻刻版ではネロハはp. 378にある。
さてネロハが載っている『土の香』は柳田がネロハを紹介したのと同じ1933年出版だが、柳田のものが9月発行であるのにくらべて上野のものは6月発行であり、わずかながら後者のほうが早い。

事例4は、唯一みつけた埼玉県以外の「ネロハ」。これは図書館で偶然手に取った民俗誌に書いてあった。

なお、これは「ハーフ項目」つまり一段の半分しかスペースが割り当てられない項目だったのだが、事例を追加しているうちに「小項目」なみのサイズになってしまった。要するに二倍近い字数オーバーだったのだが、それでも削らないでくださった編集の方々に感謝する次第です。

39. のぶすま【野襖、野衾】p. 439「ノブスマには大きく分けて二種類ある」。○
柳田の「妖怪名彙」に、この二種類のノブスマが併記されているので、僕もこの項目にヌリカベ的なノブスマ(野襖)とムササビ的なノブスマ(野衾)を入れなければならなくなった。こういう妖怪学的伝統を無視して正確に記述するなら後者はいっそのこと「むささび」にまとめるべきである……と思って事典を見てみたら、「むささび」を担当したのも僕だった。

実際のところ、野襖は事例1だけのようだ。あとは野衾系で、フクマカブセもフスマもフトンカブセもその仲間である。
ただしフスマには同名別種のものがいくつかあるのをDBカードに教えられた。
鳥取のものは「フスマと云ふ打綿のやうな白いものが闇夜に出る」(『伝承』1 [1959], p. 44)。
愛媛のものは「山王様を祭っている祠があり、……そこに魔物「ふすま」がいて、人にわざわいした」(『みなみいよ』22, 1965, p. 2)。
事例5はDBになかったので追加。

2015年1月追記:フトンカブセに関しては、出版された文献としては記事に書いたものが最古だと思うが、昨年、瀬川清子「採集手帖 沿海地方用」DVDが出版(?)され、いわゆるフィールドノートに直接報告者の瀬川が書き込んだデータを見ることが可能になった。そのうち「愛知縣幡豆郡佐久島村」分のノートのNo.92「狸、狢、海坊主など、變化物の話はありませんか」の見開きに(当然手書きで)「・フトンカブセはふはつと来てすつと被せて窒息させる。」とある。同じページにはほかに「ワラヒ佛」「コメカシ」「オコリヤブ」「タカボーズ」などが載っている。

40. はしひろいぼうず【箸拾い坊主】p. 452「八幡様の祭のときに現れる妖怪」。○
武田明による報告。丸亀市の塩飽手島の話とのこと。なお原文では「ハシヒロイボウズ」。

41. ばたばた【婆多婆多、破多破多】p. 453-454「江戸時代から広島城下などで知られていた音の怪異」。○
バタバタについてはブログに書いた。参照に「おとのかいい」があるのはわかるが「てけてけ」があるのはよくわからない。

僕の担当ではない「たたみたたき」の事例2にもバタバタが紹介されているが(p. 345)、事例というよりは柳田の「妖怪名彙」の要約で、やや意味を取り違えているように思われる。「猫憑き」のときもそうだったが、こういうクロスリファレンスでうまく調整できていないところがいくつかあるようだ。

42. はんにゃ【般若】p. 461「もとは仏教用語で「智慧」を意味する語」。○
般若といえば化け物や和風モンスター系で登場することが多いのだが、意外や意外、伝承されている妖怪として「般若」と呼ばれている存在は、今のところ見つけられていない。
事例1も原文のタイトル自体は「般若の息」だが、それは「小供の時等よく見た般若の面そつくりの顏」という印象を便宜上「般若」と省略しているにすぎない。じつは字数の関係で結末までは載せていないのでここに書いておく(救いはないが……)。結局彼は極度の神経衰弱になり、故郷に帰った。その後どうなったのか誰も知らないという(p. 215)。

『嬉遊笑覧』のくだりは、巻之六下。岩波文庫版で第3巻p. 347-8。

「笑い盤若」は誤植ではありません。

一つ気になるのが、水木しげるが「般若」について、

また、女の人が山に入り、長くすむと「般若」になるともいい、山をおりて、人にとり憑くこともあるそうだ。お祓いをすると、鬼の姿をした女がとり憑いている人の体から抜けていくという。

と書いていること(『図説 日本妖怪大全』p. 369)。この出典を探し出すことができなかった。きわめて珍しい「般若」伝承であり、創作でなければ是非とも掲載したかったところだが。残念。

43. ひかるいし【光る石】p. 465「夜間に光を放つ石の怪異」。○
とくに言うことはない。これも「光る石」という特徴のある伝承を寄せ集めたもの。別名の「雷珠」は『煙霞綺談』にある(随筆大成版p. 216)。

同種の怪異として「やこうのたま」も参照(本事典p. 555)。

44. ひごい【緋鯉】p. 465「鯉の一種で、赤い体色が目立つものをいう」。○
この冒頭の説明、妖怪でも怪異でもなんでもないですね。鯉の専門家ではないので、こういう書き方で正しいのかどうか今もって不安なところ。

事例1の「油田開発後は見かけなくなった」はちょっとソフトな表現で、原文は

明治卅五六年頃新津油田が盛んとなり石油が能代川へ流れ出し堀から池へ石油が傳へ入り其毒の爲に貝も鯉も全滅してしまつた。

とある。

45. ひひ【狒々】p. 474「年老いた大猿の妖怪」。○
これは困った。DBカードだけでも66枚もある。それを1/3ページに収めようというのはどう考えても無理である。
ざっと見てみると猿神退治系の話が多いが、大きな猿の話もかなりの量を占めている。事例には、「類」との対応も考慮し、名前のバリエーションを優先して1の「ヒイヒイ猿」と3の「イヒヒ」を挙げた。2は人に害をなす「ヒヒ」の代表例として。猿神退治の話は説明文のほうに押し込めた。「憑き物とする地方」の出典はいくつかあるが古いものとしては『茅窓漫録』に書かれている(「ねこがみ」事例2と同一)。女に化ける話はDBカードにあるもので石川純一郎が『あしなか』に報告している。とにかくDBだけでも沢山事例があるので呼称検索で「ヒヒ」「ヒヒザル」など検索してみてください。

なお、「ぬえ」の説明文のところに、鵺の死体が猿神になったという伝承が紹介されている(p. 427)。参考までに。

また、明らかに猿とは関係なさそうな変な妖怪として、紹介できなかったが「蛇の目傘のヒヒ」というのが香川にいる。蛇の目傘をさしている女の姿をしていて、近づいて顔を見てみようとすると「イヒヒ、ヒヒッ」と笑い、なかなか顔を見せない。これを「蛇の目傘のヒヒ」という。