妖怪ネロハについて

 少し前に「ネロハ」という妖怪について調べていると書いたが、その続報(というか、まとめ)。ネロハはコト八日という行事と密接に関連するのだが、コト八日についても先の記事を参照のこと。

 まず、ネロハを行事名とする地域がある。以下、特筆しない限り埼玉県の事例。
 加須市大桑では12/8をネロハといい、嫁を早く寝かせる。嫁を酷使する家に一つ目小僧がやってきて、「ネロハー」と言うらしい。「ネロハー」は「寝ろ!」という意味である*1北埼玉郡騎西町(現・加須市)でも2/8および12/8をネロハと呼んでおり、この日の夜には一つ目玉の恐ろしい鬼がやってくるので、早く寝ろ、というのが語源だという*2。また『日本民俗地図I 年中行事I』を見てみると、同じく騎西町(現・加須市)正能では2/8を「ネロハア」、北埼玉郡北川辺村(現・加須市)飯積では「ネロハ」と呼んでいることがわかる。後者では夜の仕事を休むようだが、怪物についての伝承はみられない*3。正能では12/8もネロハアと呼ぶが、2/8と同じ*4

 このネロハを怪物としている事例は北葛飾郡幸手町(現・幸手市)のニヨウカ(2/8と12/8)という行事で、「早く寝ないとネロハという鬼が来る」と言われていた。またネロハのことかどうかははっきりしないが、この日には一つ目玉の鬼がやってくるといわれていた*5幸手の方言では「もう(こんな時間なのか)」というときに「ハー」というらしく、ネロハーは「寝ろ! もう」つまり「もう寝ろ」という意味になる、ということが『幸手市史』に書かれており、この日には一つ目玉の鬼が来るとも書かれているが、それがネロハだとは述べられていない*6
 騎西町正能(前掲)でもこの日をネロハとも言い、夜遅くまで仕事をすると「早く寝ないとネロハが来るぞ」と言われていたらしい。ネロハは一つ目とか鬼だとか言われていたようである*7
 羽生市でもネロハと呼ばれていたらしく、12/8にやってくるお化けで、子供が怖がっていたという。少し面白い逸話があり、娘が嫁ぎ先で夜まで仕事させられているのを案じた母親が、この日に「ネロハ、ネロハ」(=もう寝ろ、もう寝ろ)とさびしそうな声を出しながら嫁ぎ先の家を回っていたのを気味悪がり、夜鍋をしなくなった、とのことである*8
 また怪物の名称だという伝承は久喜市にもあったらしいが、少し謎なのが怪物の名前で、ネハローネハローとなっている。「この日は、……ヒトツマナコ(一つ目小僧)やネハローネハローという魔物が来るので、目籠を掲げておくのだといいます」*9。普通に考えればネロハーネロハーの誤植なのだが、もしかすると地元の人のレベルでネハローネハローとメタセシスが起こっている可能性もありうるので、どちらが実際に話者の発した言葉なのか、迷うところだ。

 唯一見つけた埼玉県外の事例として、群馬県邑楽郡明和村(現・明和町)のものを挙げておく*10。12/8をネロハといい、「いつまでも起きているとネロハが来る」と言われたらしい(同村江口)。なお別地域ではこの日に一つ目玉が通ると言われた(同村下江黒)。明和町は埼玉県北部と隣接しているから、その影響があるのだろう。

 コト八日において、行事名と、やってくる妖怪や神の名が同一視というか入れ違いになることはけっこうある。顕著なのは「ダイマナク」で、これはこの日にやってくる疫病神だという伝承もあれば、逆に疫病神を退治するための道具であるという伝承もあり、行事名であることもある。「一つ目小僧」が行事名である地域もある。ややこしいのだ。ネロハに関しては、分布からすると行事名が先にあったのではないかと思われる。

*1:長井五郎、1963、『埼玉の民俗 年中行事』、p. 85。

*2:騎西町史編さん室(編)、1985、『騎西町史 民俗編』、pp. 291-292。

*3:文化庁(編)、1969、『日本民俗地図I 年中行事I 解説編』、p. 550。

*4:Ibid., p. 560。

*5:長井、前掲、p. 86。

*6:幸手市生涯学習課市史編さん室(編)、1997、『幸手市史 民俗編』、pp. 518-519。

*7:東京学芸大学民俗学研究会、1969、「(六)年中行事」『古利根の村と山の村と』4(4): 52。

*8:田村治子・掘越美恵子(編)、1984、『羽生昔がたり』、p. 9。

*9:久喜市史編さん室(編)、1991、『久喜市史 民俗編』、pp. 326-327。

*10:群馬県教育委員会(編)、1982、『明和村の民俗 (群馬県民俗調査報告書第二十四集)』、p. 295。